《新古今和歌集・巻第十・羈旅歌》

 

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海浜重夜(かいひんによをかさぬ)といへることをよみ侍りし

越前(ゑちぜん)

幾夜(いくよ)かは月をあはれとながめ来(き)て波に折り敷く伊勢(いせ)の浜荻(はまをぎ)

 

 

☆☆☆☆☆【新編日本古典文学全集「新古今和歌集」☆☆☆☆

☆☆☆☆☆☆(訳者・峯村文人・小学館)の訳】☆☆☆☆☆☆☆☆

 

「海浜に夜を重ぬ」といった題を詠みました歌

越前

幾夜、月を感深いものと

見入ってきたことだろうか。

そのように見入ってきて、

今夜もまた波の寄せかける海辺で、

伊勢の浜荻を折り敷いて旅寝をすることよ。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コードで読み解いた新訳》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

 

(※『和歌コード』とは、

直訳では出てこない言葉の裏に隠された解釈のこと。

この和歌に込められた作者の意図をより深く読み取った

しじまにこのオリジナル訳です。)

 

 

題詞;「海浜に夜を重ぬ」

(=海辺に来て、何日も夜を過ごしています)

というテーマで歌を詠みました。

 

作者;越前

 

 

この世を去った(亡くなった)人の生涯を想い、

 

もう、いく晩

 

こんな風に

物思いにふけり

 

ぼんやりと月を眺め続け、

 

泣き続けていることでしょうか。

 

 

あなたが逝った

月の世界(天国)を想い、

 

悲しく、寂しく、愛おしい気持ちで

幾夜も過ごしています。

 

 

伊勢の浜荻が寄せる波に折り砕けていますよ。

波がしきりに寄せるように

涙が流れ、

 

気が挫けて

落ち込んでおりますよ。

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《和歌コード訳の解説》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

嘉陽門院越前:生没年不詳。

女房三十六歌仙。

伊勢神宮大中臣公親の娘。

後鳥羽院の生母(藤原殖子)に出仕。

のちに、後鳥羽院息女、嘉陽門院に出仕。

後鳥羽院歌壇で活躍。

 

いくよ:どれほど多くの夜。いく晩。

いく:生きる。生存する。生きながらえる。助かる。花を生ける。

いく:行く。移動する。赴く。立ち去る。通り過ぎる。

ゆく:流れ去る。経過する。死ぬ。亡くなる。気が晴れる。心が晴れる。満足する。〜続ける。ずっと〜する。しだいに〜していく。

 

よ:現世。御代。治世。一生。生涯。寿命。世間。俗世間。時節。男女の仲。夫婦の仲。生活。暮らし。

よ:余り。以上。ほか。

よ:私。

よ:夜。

 

かは:(反語)〜か(いや、〜ない)。(強い疑問)〜か。〜だろうか。(文末・反語)〜だろうか(いや、〜ない)。

 

つき:月。月の光。一か月。

つぎ:後に続く事。次位。劣る事。控えの間。跡継ぎ。世継ぎ。

つく:終わる。果てる。尽きる。なくなる。消え失せる。きわまる。

つく:呼吸する。息を吐く。食べ物をはく。うそをつく。

つく:突く。打ち鳴らす。手で支える。ぬかづく。

つく:築く。

つく:付着させる。体を寄せる。備わる。感情が生まれる。起こす。気にいる。取り憑く。後に従う。味方する。寄り添う。はっきりする。届く。就任する。関して。ちなんで。

 

あはれ:しみじみと心を動かされる。感慨深い。しみじみとした風情がある。情がこまやかだ。情が深い。愛情が豊かだ。いとしい。かわいい。素敵だ。関心だ。立派だ。悲しい。寂しい。気の毒だ。かわいそうだ。尊い。ありがたい。しみじみとした感動・情趣・風情。悲しさ。寂しさ。哀愁。愛情。人情。

 

ながむ:もの思いにふける。ぼんやりと見やる。遠方を見渡す。遠くを見る。

ながむ:口ずさむ。詩歌をつくる。

ながめ:長雨。

ながめ:詩歌を吟ずること。詩歌を作ること。詩歌。吟詠。

 

く:こちらに来る。季節などが来る・訪れる。そちらに行く。〜続けている。ずっと〜している。〜始める。しだいに〜になる。だんだん〜てくる。

 

なみ:波。波のような起伏をするもの。しわ。

なみ:並ぶ様子。並び。列。続き。同類。同等。共通する性質。

なみ:無み。〜がないために。

 

をりしく:波が折り重なるようにして寄せる。しきりに寄せる

をる:波が折り砕ける。寄せ返す。曲げる。折りとる。折り畳む。折れる。気が挫ける。負ける。

 

おる:高いところからおりる。貴人の前から退く。下がる。退出する。位を退く。

 

しく:追いつく。及ぶ。匹敵する。

しく:一面に広がる。広く覆う。平に広げる。治める。統治する。影響を全体に及ぼす。広める。

しく:何度も繰り返す。度重なる。しきりに〜する。

しく:四苦。人生における4つの大きな苦しみ。生・老・病・死の4つ。

 

はま:浜辺。

 

はまる:おちいる。落ち込む。計略にかかる。だまされる。

 

をぎ:水辺や湿地に群生し、すすきに似た植物。和歌では、秋風に吹かれてすれ合う葉の音を詠むことが多い。

をく:招き寄せる。呼び寄せる。

 

 

✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎《「日本古典文学全集」の脚注》✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎✴︎

 

新古今和歌集・911

読人しらず

神風(かみかぜ)の伊勢の浜荻(はまをぎ)折り伏せて旅寝(たびね)やすらん荒き浜べに