津村記久子さんは2009年「ポトスライムの舟」で第140回芥川賞受賞。
他にも文学賞を数々受賞している新進気鋭の作家さんである。
関西ご出身、関西在住とか。
恥ずかしながら、この『つまらない住宅地のすべての家』が、わたしにとって初めての津村作品との出会いでした。
出会いは突然(笑)。
美容院で渡された雑誌にこの本の紹介文が載っており、面白そうだなと思ったのがきっかけ。(わりとこのパターン多し)
まるでドラマを見ているような(それも朝ドラ)市井における群像劇で、閉じられた世界が開いていくような、そんな読後感の作品でした。
とある町の、路地を挟んで十軒の家が立ち並ぶ住宅地。そこに、女性受刑者が刑務所から脱走したとのニュースが入る。自治会長の提案で、住民は交代で見張りをはじめるが……。住宅地で暮らす人間それぞれの生活と心の中を描く長編小説。
<出版社HPより>
とある住宅地。
行き止まりの路地に面した10軒の家。
そこには、いろいろな人が住んでいる。
奥さんが家出中で中学生の息子と二人暮らしの自治会長。
育児放棄かと思われる小学生の姉妹の住む家。
手に余る息子の軟禁を画策している夫婦。
目を付けた少女誘拐を企む一人暮らしの男。
学生に利用され傷心の大学教員の夫婦。
母を亡くし、スーパーで働く一人暮らしのおばちゃん。
そのスーパーで警備員をしているおじさん。
二人暮らしの老夫婦。
都会での生活に疲れて戻ってきた息子と母。
資産家であり祖母に頭の上がらない三世代同居の家。
これだけ違うパターンが揃うことは現実にはないかもしれないですが、縮図としてイメージしやすい。
脱走した女性受刑者がこの町に近づいているらしいというニュースをきっかけに、自治会長は見張りを立てることを提案。夜ごとに交代で老夫婦の家の二階から道路を見張ることに。
静かな湖面に投げられた小石が紋を描いていくように、逃亡犯のニュースが街を揺らしていく。
お互い苗字くらいしか知らず、挨拶する程度のご近所。
家の事情なども知る由もない。
そんなもんだろうと思う。
とくに子どもの居ない家などは、学校の繋がりもないし、あまり立ち入った世間話も受け入れられるかどうかもわからない。かえって拒否反応を示されることも予想される。
彼らなりの距離感を保ってきたのだろう。
この自治会長が言い出さなければ、きっと何も変わらなかった。
この時点で小さな扉が一つ開く。
老夫婦の家のご飯に惹かれて協力する青年も、次第に少女誘拐がバカらしくなってくる。
各家の小さな扉が少しずつ開いていく。
それぞれの家が多少なりとも問題を抱えている。家ごとで解決しなければならないと思い込んでいる。固く閉ざされていた各家の扉。
読み進めていくごとに、扉が開いていくような感覚に気が付きます。
逃亡犯と地元との思わぬ繋がり、子どものネット上での繋がりなど、最初不透明だった事柄が徐々にクリアになっていく。
ちょっとした日常のサスペンスあり、果てに、この町の住人たちの優しさにホッとする。
視点が次々と変わり、それぞれの行動が次の主人公の時間と重なり、広がり、また次につながっていく。
この手法に最初かなり戸惑ったのですが、(おまけに苗字ではなく
名前で表記されるため、どの家の話かすぐに理解するのが難しい)、読み進めるうちにだんだん慣れてきました。
冒頭に路地の見取り図があり、簡単な各家の紹介があるのでだいぶ助かりました(笑)
この話の登場人物は、癖が強いものの根っからの悪人はいないようです。罪を犯して服役中の逃亡犯もまた、良心は持ち合わせており、このあとの路地をふくめ、いい方向に向かいそうな予感を感じさせます。
特に特徴のない(コンビニくらいしか近所にない)、どこにでもありそうな「つまらない」住宅地ですが、小さな小さな扉を開くところから始まり、すべての家の扉が開かれた気がします。
面白かったです。
追記:
読んでいる間、よく、この物語の夢を見ました(笑)
まるでドラマを見ているようでした。