短編集ということ以外、まったく予備知識なしに読んでみた米澤穂信さんの『儚い羊たちの祝宴』

そこにはわたしなどの想像をはるかに超えた衝撃と、底知れない毒気を含んでいました。

 

儚い羊とは、どういう意味なのか…。

読み終わってからぼんやりと真相が浮かび上がってくる様は、分かりやすいホラーよりも背筋が冷たくなるようでした。

 

読後、スッキリした気分で本棚に仕舞える本と、少し気になってパラパラと読み返す本があるとすれば、こちらは後者でしょう。

 

古典ミステリーのファンならば、より深く作者の思惑を感じ取ることができそうです。そうでなくても、十分に物語の雰囲気は味わえます。

 

 

 

夢想家のお嬢様たちが集う読書サークル「バベルの会」。夏合宿の二日前、会員の丹山吹子の屋敷で惨劇が起こる。翌年も翌々年も同日に吹子の近親者が殺害され、四年目にはさらに凄惨な事件が。優雅な「バベルの会」をめぐる邪悪な五つの事件。甘美なまでの語り口が、ともすれば暗い微笑を誘い、最後に明かされる残酷なまでの真実が、脳髄を冷たく痺れさせる。米澤流暗黒ミステリの真骨頂。

<内容紹介より>

 

収録は5編で連作の形となっています。

いずれも上流階級のお屋敷を舞台にしたお話。

共通のキーワードとして、「バベルの会」が出てきます。

大学の読書サークルでお嬢様だけが参加できる。モットーは「物語り的な膜を通して現実に向き合う」

 

 

以下、ちょっとだけネタバレを含んておりますので、未読のかたはご注意ください注意

 

 

 

 

 

 

「身内に不幸がありまして」

村里夕日の手記という形で、物語が綴られていきます。

孤児だった夕日は、お屋敷のお嬢様・吹子の世話係として引き取られ、次第に吹子に憧れに似た思いを持ち、秘密を共有するようになります。

体裁を重んじる旧家の跡取りとして、毅然とした姿勢を保つよう無言の圧力を受け続けていた吹子。

吹子をいじめていた伯母や大叔母が殺され、夕日は自分が手を下したのでは…と悩み、自ら手足を縛って眠るのですが…。

 

犯人の動機が明らかになるラストには、ただただ愕然としてしまいます。

 

右矢印吹子は「バベルの会」の夏合宿に参加したがっていました。

 

 

「北の館の罪人」

母の遺言で名家である六綱家を訪れた内名あまり。彼女は前当主の妾の子で、屋敷に住まわせてほしいという。

別館である北の館に小間使いとして住むことになったあまりは、その館で幽閉されている現当主の兄・早太郎と出会い、お使いを頼まれるように。早太郎は絵を描いており、その絵の具となる素材の買い物だった。

早太郎は死に、残された絵は本館に飾られることになった。そしてもう一枚残された絵はあまりが描かれていた。

 

犯人の秘めた憎悪が恐ろしい。自分の死を予感していた早太郎の無言の告発。それを知ったときの犯人の驚愕。スリリングなお話でした。

 

右矢印現当主の妹・詠子が「バベルの会」の会員で、絵具の蘊蓄を語ります。

 

 

「山荘秘聞」

人里離れた別荘地の更に奥。貿易商である豪商が妻のために建てた別荘・飛鶏館。そこの管理人になった守子は心底ほれ込んだ館にお客が来ないことを嘆いていました。

ある日、山で滑落し重傷を負った青年・越智を見つけ館に連れ帰り介抱します。捜索隊がやってきて、宿を提供することになり俄かに賑やかになった飛鶏館。しかし越智について守子は何もなかったかのように振舞います。

 

「変わった肉」など不穏なワードが出てくるので、猟奇的なお話かと思いきや、どうやらそうではなさそう。

あくまでも「おもてなし」にこだわりたい守子のある種無邪気で純粋な、でも常人には理解できないお話です。

 

右矢印守子の前雇用主の娘が「バベルの会」会員で、合宿のお世話をしたことがあると語られています。

 

 

 

「玉野五十鈴の誉れ」

旧家のお嬢様・純香のもとに使わされた五十鈴。純香の祖母は家の絶対的存在で、家を絶えさせないため、家の名を汚さないために独裁者として君臨している。

大学に入り自由な時間を満喫していた純香は、ある出来事で五十鈴と引き離され座敷牢に幽閉、毒を煽るように仕向けられる。

 

厳格な祖母の目にかなった五十鈴は、教養も礼儀作法も完璧だけど料理が苦手でお米も満足に焚けない。きっと五十鈴も元はお嬢様だったんでしょうね。

不幸な事故と思われた純香の弟の死、そして祖母の死について、あることに気が付くラストが衝撃的です。

しかし、このお祖母さんの横暴ぶり、家族の気持ちよりお家大事で凝り固まった頭が諸悪の根源ではないのかと思いました。

 

右矢印純香が「バベルの会」会員。

 

 

 

「儚い羊たちの晩餐」

相場師で見栄っ張りな父を持つ鞠絵は、会費滞納で「バベルの会」を除名されてしまう。父が会費をケチったせい。そうそうたる名家のお嬢様が名を連ねている会だと知ると、手のひらを返したように会費を出す父でしたが、会長には別の理由でやはり断られてしまいます。

父は廚娘という「特別な料理」を作る夏という娘を雇い入れていました。夏の作る料理は確かに絶品でしたが法外な値段を請求されるのでした。

誰も作らせたことのない料理を夏に注文したいという父に、鞠絵が勧めたのは「アミルスタン羊」の料理でした。

夏の盛りの蓼沼に良質のアミルスタン羊が集まることを夏に教える鞠絵。それは、鞠絵が夢想家で「バベルの会」の資格を持つ者であることを示したいためだったが…。

 

もう、このお話はほぼホラーでした。

「アミルスタン羊」とは、人肉のことでスタンリィ・エリン「特別料理」に元ネタがあります。

蓼沼は「バベルの会」の夏合宿が行われる場所。

今までの短編に登場するキーワードが、ここで最悪の結末となることを暗示しています。

 

右矢印鞠絵は「バベルの会」を除名された。

 

最後に、「バベルの会」が鞠絵の日記を読んだ一人の女学生によって復活することが書かれています。

 

 

「バベル」とは、旧約聖書では「混乱」を意味するんだそうです。

確かに、夢見がちなお嬢様が、日常のちょっとしたことから現実の中に夢想を混入させたり、逆に幻想のなかに現実を見出したりということもあるかもしれません。

語られたお話はどれも隠された悪意や、人知れない欲望など決して美しいばかりのものではありません。

 

彼女たちの結末が悲惨なものであるならば、この上ない悲劇ですが、もしかして…と思うのです。

この各話に登場する「バベルの会」の会員が、日常から生み出した夢の話なのかもしれない、と。

そうであればいくらか救いがあるように感じるのですが。

 

いや、ここはもっと素直に暗黒ミステリとして読むべきなのかもしれません汗

 

 

 

 

 

 

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