12月31日、夕方
新宿にて
某デパートのお手洗い

個室に入ると、左隣りの個室からウッ、ウッ、という声が聞こえてきた
具合が悪いのかと思い、左の壁をトントンとノックして「だいじょうぶですか?」と声をかけた
細い声で「はい」と返ってきた
彼女は具合が悪いわけではなく、泣いているようだった
顔を見たわけではないが、彼女の声は若々しく、おそらく20代半ばくらいなのではないかと思う
私は個室を出て、手を洗い、鏡の前でメイク直しをはじめた
と言っても、ビューラーもマスカラも持っていなかったから、リップを塗ったり、ハンドクリームを塗ったりして、少しでも時間をもたせようとした
お手洗いの個室ほどプライバシーを守るべき場はないけれど、妙にしんぱいで、そこから漏れる嗚咽に、しばし耳を傾けていた
彼女の嗚咽の速度はみるみるうちに加速してゆく
今度は、扉の前に立って声をかけてみた
「だいじょうぶ?」
彼女はこう答えた
「だいじょうぶ、なんです」
だいじょうぶです、ではなく、だいじょうぶなんです
その言葉の響きが、「私は“だいじょうぶ”に“する”んです」と言っているように聞こえたのは、私の勘違いだろうか

彼女になにがあったのかは知らない
しかし彼女が、大晦日の夕方、人混みから逃れるように、一人、お手洗いの個室にこもり、泣いていたことは事実で、浮かれた年の瀬の行列から「漏れてしまった」人もいるんだということを身に染みて感じたひと時であった

私は、そんな「漏れてしまった」人のために文章を書いている

その10分前
私は同じく新宿で、「酒井若菜さんですか?」と声をかけられていた
振り返ると、そこには20代後半と思われる男の子が立っていた
彼は私の手を取るなり、泣きだした
「僕、酒井さんの文章ずっと読んでて…。なんか、ぜんぶうまくいかなくて、死んじゃおうかな、とか思ってたときがあって、一番つらいときに酒井さんのブログを読んで、生きてていいんだな、って思ったことがあって…そんで、だから、ずっとありがとうって言いたくて…そんで…そんで…うまく言えないんすけど…」
と言葉を詰まらせ、下唇を噛んだ
私も思わずもらい泣きをしてしまいそうになった

彼からのもらい泣きを我慢できなくなった私が逃げ込んだのが、デパートのお手洗いだった
しかしそこで聞こえてきたのが、左隣りの彼女の嗚咽だった

自分には言葉の力があるんだ、という彼との出会いにより得た誇らしさ
「だいじょうぶ?」しか出てこない、という彼女との出会いにより得た自分の言葉の拙さ
ないまぜになった感情

お手洗いを出ようとすると、個室から「すみません」という彼女の声が聞こえた
「はい」と立ち止まると、彼女は嗚咽混じりにこう言った
「気がついてくださって、ありがとうございました」

私はこれからも、漏れてしまった人の痛みに、気がつくことのできる人間でありたい

彼女や彼の涙が、2017年という場所に、ちゃんと落とし切れることを心から願う


今年もありがとうございました
来年もよろしくお願いします

ごきげんよう