水道橋博士のメルマ旬報より
先月、舞台復帰致しました。
その際に書いた文章です。
このブログでは、これまでに10年越しの物語として、「テリー伊藤さん」「水道橋博士さん」とお二方のことを書かせていただいたことがありました。
その二つのエントリーは、私のブログの代名詞となっています。
今回、後編で「鈴木おさむさん」を書かせていただきました。
私の中では、今回で三部作です。

この文章を書く上では、メルマ旬報の博士さんが書いてくださった「著者紹介」が必要でしたので、それも引用させていただきました。
皆様にお読みいただきたく存じます。
メルマ用に書いた文章に加筆修正したものですので、ブログの書き下ろしではありませんが、ご了承ください。


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酒井若菜の『くよくよしたって始まる!』

【博士による著者紹介】

彼女が10代の時に知り合ったが、当時から煩悩と希望を大きな胸に秘めた小娘。
大女優のキャリアを刻みながらも文章家であることを知ったのは、つい最近のこと。
テリー伊藤さんを描いたBLOGの一文に心打たれた。ボクが描いた『藝人春秋』のテリー伊藤の章とは大違い(笑)文章でしか描けない悶々たる心象風景の乙女心よ!
単行本『心がおぼつかない夜に』にボクは帯文を捧げた。
「くよくよしたって始まる」――。
それはボク自身の人生のスローガンのお裾分けだった。

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『イケナイコトカイ?』


くよくよしたってはじまった。


舞台「イケナイコトカイ?」
無事千秋楽を迎えることができた。
台本は半分しかできていないまま、毎日夜から朝方まで稽古。
稽古が始まって一週間で、体重が6キロ落ちた。
元々体が弱い。
昨夏は、ドラマや映画の現場で何度も貧血を起こし、撮影を中断した。
5分まともに真っ直ぐ立っていられない。

生活リズムの変化と、体重の落ち方に、私は、貧血がいつくるか、と思っていた。
でも結局、一度も貧血にならなかった。
これは驚いた。
代わりに、想定外だった腰痛が日に日にひどくなったけど…。

稽古も楽しくできた。
普段、映像の仕事をする時とは違う自分で臨んだからかもしれない。
私は普段、女の割りには序列や規律にうるさいし、基本的に頼られる側に立つことが圧倒的に多い。
普段の私なら仕事場で「教えてください」「不安」「怖い」など、口にしない。
今回は、そういうことを取り払って、まな板の上の鯉、ならぬ、まな板の上のカエル、なテンションで、鈴木おさむさんやスタッフキャストに身を預け、バカみたいにヘラヘラしながら「不安~」「怖いよぉ~」と言葉に出していた。
かつての自分が最も出来なかったことである。
かつての失敗の根源は、体調不良はもちろんだが、それ以外では、歌でも演技でもなく、自分への過信、だったから。
人に頼れない。
体調不良さえ言えなかった。
それが根源。
だからそこからやめてみた。

稽古場での稽古は、本当に楽しいまま終わった。

本番前日。
劇場入りした。
しかも演劇の聖地、本多劇場。
感慨深かった。
初めて観る舞台セット。
劇場で感じる初めての音響や照明の効果。
稽古とは全然違う世界がそこにあった。
無論みんなはそれを想定した稽古をしていたのだと思うが、如何せん初舞台の私は、効果音や光が、こんなに芝居に作用するのか、と面食らった。
そして、八年前のことがここに来て一気によみがえってきた。
「やっぱりできない、私」

“やっぱり”。

自分に「やっぱり」と思ってしまったことが悲しかった。
以前ブログに書いたことがあるが、当時の降板に置いて、最も傷ついた言葉が、「やっぱり」だった。
「グラビア上がりが女優気取ってると、やっぱり」「初舞台でミュージカルの主演をやるなんて思い上がってるから、やっぱり」そんな容赦のない言葉が、一番悲しかった。

劇場での稽古が終わった瞬間、ロバートの秋山くんに「できないできないできない」と駆け寄って小声で言ったら、「いやいや大丈夫っすよ」と笑っていた。
パッと振り返ったら、楽屋に帰ろうとしていた主演の松岡充さんが目に入った。
私は追いかけて、舞台袖で松岡さんの背中にしがみついて「できないできないできない」と小声で言った。
松岡さんは、近くにある椅子に私を座らせ、その前にしゃがみ込むと、私の手を取って、「何が怖くなったの?」から聞き始めてくれて、最後に「大丈夫だよ」と言った。
しばらく話してから立ち上がり、二人で楽屋のほうに帰ると、秋山くんが楽屋から出てきた。
あとから聞いた話だが、秋山くんも心配してくれていたらしい。
「大丈夫」と、二人に山ほど励ましてもらって、帰宅した。

ちなみにこの段階で、台詞はまだうろ覚えだった。
でも稽古は楽しかったし、この仲間なら本番もなんとかなるだろうともどこかで思っていた。
が、音響や光にこんなにドキッとしてしまうとは思いもよらず。
普通の舞台は、劇場入りは本番の二、三日前からやるらしいのだが、今回はその数時間だけしかなかった上、出演者四人のうちの一人、平田裕一郎くんがこれず、ほぼぶっつけ本番で初舞台を迎えることになった。

家で台本を読んでいたら、逃げ出したくなって泣いた。
正直に言うと、今回は、ほんの少しだけ、二度目の降板を期待していた。
「二回連続で舞台降板をしたら、さすがに潔く芸能界自体を諦める」と。
その覚悟もあっての舞台再挑戦だった。

電話が鳴っていた。
出なかった。
また鳴った。
出なかったけど、電話を見た。
かつて、助けてあげたくてたまらなかった宝物のような先輩からの着信だった。
メールも来ていた。
メールに「電話でれる?」と書いてあった。
「うん」と返信したら、すぐにまた電話が鳴った。

“やっぱり”のことを話すと、先輩は、「昔の酒井若菜じゃないんだよ」と言った。
そして、
「自分ができる練習はちゃんとしたんだから大丈夫」って。
「やる!って決めた時点で前より進んでる」「本番前日まできた時点でさらに進んでる」って。
「楽に、楽に」って。

「はいはいやりまーす!よろしくお願いしまーす!ができるんじゃ、復帰に挑戦する意味ないよ」って。
「怖くて出来ない。をやりにいくんだ」って。

ああ。そうだった。
はいはいやりまーす!よろしくお願いしまーす!を保とうとしてた自分に気がついた。
私は、怖くてできない、をやりにいく。
そう思ったら、心が軽くなって、泣き止んだ。
そしてその先輩は、芸人さんなのだが、「何かあったら秋山を見れば助けてくれる!」と断言した。
「芸人は、アクシデントやハプニングを山ほど越えてきてる。何かあったら必ず芸人は助けてくれるよ。そういうもんやで、芸人って」。

初日。
マネージャーが遅刻して、入り時間に遅れた。
おさむさんは秋山くんに「酒井さんがこないまま舞台始まったら、一人コントで繋いでね」とすでに話していたそうで、秋山くんもそれを了承していたそうだ。
本多劇場に着くと、みんなが「きたぁ!よかったぁ!」と言っていた。
いやいや、私のメンタルで遅刻したわけじゃないから、と苦笑いしつつ、秋山くんに、「何かあったら秋山くんのこと見ていい?」と言った。
秋山くんは「もちろんっすよ。見てください。何とでもしますよ。」と言った。

通し稽古が終わった。
舞台上でワタワタしている私のところに、3人が寄ってきてくれた。
秋山くんが「稽古と一緒っす。稽古んときみたいに、松岡さんと俺と平田くんだけを見れば、少し落ち着きません?」と言った。
松岡さんが「そうだよ。俺らだけ見ればいいよ」と言った。
平田くんが、ニッコリ見守ってくれてた。

ゲネプロ。
客は関係者だが、人前で初めての芝居。
舞台袖で、松岡さんが私の前にまたしゃがみ込み、「いいのいいの、ゲネプロなんだから、楽にさ、一回やってみよ~って感じでやってみようよ」と言った。
秋山くんに言われた通り、稽古を思い出して、松岡さんと秋山くんと平田くんだけを見てやったら、集中できて、いつもの顔をしている3人の表情、存在に、安心した。
ふと、3人を見ていたら「仲間だ!」と突然思って泣きそうになった。
舞台の上では四人の世界に戻れた。
無事終わった。

その後、いよいよ本番。
本番前、おさむさんが楽屋に来た。
「あー居てよかったぁ。窓がちょうどいい感じだったんで。」
と言った。
聞けば、私が窓から飛び降りてるんじゃないかと思って心配してきてくれたらしい。笑
ちょうどいい感じの窓、って。笑
思わず笑ってしまった。

いよいよ本番。
私は、一番奥の楽屋なので、みんなの楽屋の前を通る。
ここからは、最終日までの恒例会話。

平田くんににっこり出迎えられる。
秋山くんも出てきて「酒井さん、なんちゅう顔しとるんですか」。
笑うみんな。
「緊張する…」と私。
「大丈夫っす。繋ぎます」と秋山くん。
にっこり平田くん。

二人は下手スタンバイ。
松岡さんと私は上手スタンバイ。
なので、いつも私は二人の顔を見てから袖につく。
たまに二人の楽屋をスルーしようとすると、平田くんが「秋山さん!酒井さん行っちゃいます!」と言って、秋山くんを呼んでくれる。
そうすると秋山くんがタタタッと楽屋から出てきてくれて、恒例会話。
これには助けられた!
みんなに、緊張や不安が顔や芝居に出ない、と言われるので、大袈裟に緊張した顔を作ってみたりしたこともあった。

話は前後するが、初日。
そんな会話のあと、上手に行ったら、すでに松岡さんがスタンバイしていて、ぎゅーーーっとしてくれた。
そしてまた私を椅子に座らせ、しゃがみ込み、「大丈夫」と。
初日だけ、秋山くんが突然本番二分前に上手側まできて、「よろしくお願いします!何かあったら、(目を)見てください」と言って、私の背中をトントンして去っていった。
ついさっき、おさむさんに「大丈夫っす!いきましょう!」とトン!と押してもらえた背中。
みんなに触れてもらえた。
幸せだと思った。

そして、初日を終えた。
ちょっと噛んだりはしたが、台詞が飛んだり、うろ覚えのところを詰まったりすることはなかった。
本番には強い、とは自他共に認めるところだが、我ながら、奇跡だと思った。
初日のお客さんとして、妹のような早見あかりちゃんや友人の小橋めぐみちゃん、ヒミキヨノちゃんも来てくれた。
あかりちゃんは、舞台観劇自体が初めてだそうで、初の観劇が私の初舞台なんて、なんだか不思議で光栄で、嬉しかった。
めぐちゃんは女神。出演を決めてからの私を具体的に支えてくれたし、この日も、私に何かあった時のために、一日予定を空けてくれていた。
キヨノちゃんは、泣いちゃった。
実は最後の最後の最後、「今ここでマネージャーさんに“やる”ってメールしなさい!」と言ったのは彼女だった。
二人が初日に来てくれたのが、嬉しかった。
今田耕司さんが「怪物や!」と言って帰られたのが、少し自信になった。

ずっと迎えたかった「初日」。
やっと。
やっと迎えることができた。
カーテンコールで感極まった。

くよくよしたってはじまる!

あのスタンディングオベーションの光景は、永遠に忘れない。


二日目。
夜公演のみだが、初日ができたのが奇跡だった上、日頃から支えてくれている人や、今回舞台再挑戦への最後の後押しをしてくれた人、それからお偉いさん達、とにかくすごい人がたくさんくる。
そして、二日目落ち、と言って、初日の緊張感から解放されて、油断してボロボロになる、という演劇用語も予め聞いていたため、心臓が取れるかと思った。
しかも、松岡さんが体調を崩された。
ちょっとした変更もぶっつけでやることに。
しかし、私が緊張感から解放されるわけもなく、幸い二日目落ちはないまま無事終了。
松岡さん、立ってるだけでも辛かったはず。
凄かった!
この日は、西原亜希ちゃんはじめ、沢山の友人、関係者が来てくれた。
オードリーの若林くんが来てくれたのも嬉しかった。
若林くんも、今回の稽古中、ずっと励ましてくれていた。
舞台出演のきっかけの一つに、おさむさん作、舞台「芸人交換日記」を見たこともあったし、なにより彼は、日頃から完全に私になつかれていて、頻度的に一番舞台稽古の経過報告をしていたのは若林くんだったし、彼もまたそれに応えてくれていた。
終演後、お父さんみたいに優しい言葉をいくつもくれて、そこでようやく私は安堵した。
ほぐれた。
30歳を過ぎて、同世代で、異性で、こういう友達ができるなんて思わなかった。
嬉しかった。

三日目。
今日から2回公演。
腰がヤバイので、朝から治療院へ。
腰を心配してくれた治療院のかたの配慮で、1時間も早く開院してくれ、2人がかりで鍼マッサージ。
本当に、色々な人に助けられていると実感。

腰は痛いが、舞台自体の緊張感からはだいぶ解放されてきた。
いやはやしかし、毎度のスタンディングオベーション。
無論ちょっとした差はあるが。
初舞台だもんで、そういうものなのかと思っていたが、普通はスタンディングオベーションは最終日だけ、あるいは最終日と初日だけ、っていうのが基本だそうで、今回ほとんどの回がスタンディングオベーションっていうのは特殊なのだそうだ。それを聞いて安心。
というか、すごいな。
昼公演後。
臼田あさ美ちゃんや能世あんなちゃんと、美女に囲まれご満悦。
他にも友達たっくさん。
もらい泣き。
夜公演後。
メルマ仲間のサンボマスター山口さんが来てくれた。
「サ、サンボマスター!!」と、山口さんが帰られたあと、楽屋近辺からどよめきが起こった。
鼻高くなっちゃったよね、私。
ありがとう、山口さん。
おさむさん関連でいらしてた初めましての芸人さん達が、わざわざ私のところまで来て挨拶をしてくださって、恐縮した。
いつもテレビでみている人ばかりだったから、開演前に私に情報が入ってこなくてよかった。
緊張しちゃうよ。


最終日。
2回公演。
今日が終わったら、8年半のトラウマから解放される。
腰がヤバイので、朝から1日中マッサージ師のかたに出張してもらった。
朝、舞台上でみんなで軽く練習をしていたら、突然のえづきと目眩。
立ってられなくなった。
稽古から含めて初めての体調不良。
今。。。?
やめてよ。
恐れていた貧血ではない。
確実に違う。
ぐるぐる目が回って気持ち悪くなってしまった。
途中で楽屋へ。
メンタルから来るものだったのは言わずもがな。
一応書いておくが、初日からここまではなんだかんだでずっとヘラヘラしていた。
やりたくない!という思いには一度もなってない。
ここで初めて、笑う余裕と、何故か緊張する余裕もなくなった。

ギリギリまで横になって、昼公演。
みんな心配してくれたからか、トチリ連続だったが、面白い上がりになった。
そして終了。
「酒井さんだけ普通にできるってどういうことっすか。でもよかったですね」と秋山くん。
「酒井さん大丈夫だったじゃないですか!すごいですよ!あーよかったぁ!」と平田くん。
「むしろ俺がだめだったぁ。ごめんね」と松岡さん。
私の顔の血色、サインを見逃さないようにフォローしてくれようとしたからなのに、みんな優しい。
というか、松岡さんはまだまだめちゃくちゃ体調が悪いはず。
それどころか体調は悪化されているようだ。
なのに…
はぁ~
優しすぎる…。
でも、私はこの回の台詞がかち合っちゃう感じ、生々しくてすごく好きだった。
メルマ仲間の木村綾子ちゃんが来てくれたが、咳が止まらないとのことで会うことはできず。
体調がよくないのに来てくれた上、プレゼントまで。
ありがとう、綾子ちゃん。
そして、磯山さやかちゃんも来てくれた。さやかちゃんがあまりにもボロボロ泣くので、もらい泣き。
後輩だが、母親ばりの号泣にほっこり。
地元の友人も来てくれた。
彼女も号泣。
幸せだった。


夜公演。
千秋楽。

母や佐津川愛美ちゃん、竹中直人さんも来てくれる。
ギリギリまで横になって、完全復活!
最後は絶対キメる!!
もう声がなくなっても、ぎっくり腰になってもいい!!
この日のために、私はずっと生きてきた。
8年半の全部をぶつける。
これまでの5公演の本番のうちに、うろ覚えだった台詞も完全に入った。

私は私を救いたい。
トラウマから解放してあげたい。

秋山くんと平田くんと恒例会話をした後、舞台袖でスタンバイ。
松岡さんと握手を交わす。
スタッフからの続々のエール。
みんな大好き。

オープニング。
岡村靖幸さんが歌う「太陽の破片」が流れる。
幕があいた。
2時間後には、私は絶対報われている!
心の中で毎日言っていた言葉を、小さく声に出して言った。

「くよくよしたって、はじまる!」

そして私は舞台に上がった。
出演者の芝居も、今までとはまた感触が違う。
みんな、出し切ってる。
個々のエネルギーが伝染しあって、相乗効果を感じる。

結果。
私的には稽古から含め、今までで最もいい出来になった。
私も、初めて完璧にできた。
完璧だったと思う。
泣いちゃうよ。
8年半分だもの。
お客様に頭を下げて、袖にはけて、嗚咽出るくらい泣いちゃう。

カーテンコールに出る時、おさむさんが松岡さんに何かを耳打ちしていた。
二度目だか三度目だかのカーテンコールの時、松岡さんが突然、私のこれまでの経緯を話し始めた。
そして、私も挨拶するようにと促してくれた。
おさむさんの耳打ちの正体。

「カーテンコールまでが舞台」

いつだったか誰かからそう聞いた。
その時間を、私に与えてくれた。
嬉しかった。


こうして私は、トラウマを克服した。
怖かった。怖かった。
生きててよかった。






後編へ続く