酒井若菜オフィシャルブログ「ネオン堂」Powered by Ameba-IMG_7187.jpg


小学生の頃。
夏休みのある日、三つ年上の姉が、友達と二人で遊園地のプールに行くというので、私も連れて行ってもらうことにした。
私も同級生の友達を誘って、四人で出発。
何度も行ったことのある遊園地のプールも、普段は両親が車で連れて行ってくれていたので、電車とバスを乗り継いでいくなんて、増してや子供だけでなんて、考えただけでワクワクした。当時の私は、両親なしで電車に乗ったことがなかったから。
こども用の切符を自分で買うのも、バスの降車ボタンを押すのも、遊園地の入場券を買うのも、自分一人でコインロッカーを使えるのも、ヘアゴムの付いたコインロッカーの鍵を手首につけるのも、全部が大人びた行為に感じられた。
夢みたいな時間だった。

その日は天気が良くて、とても気持ちがよかった。
流れるプールでひとしきり遊んだ後、みんなが「ウォータースライダーに行こう!」と言い出した。
私は不安になった。
泳げなかった私は、着水する瞬間に水が顔にかかるのが怖くて、一度もスライダーに乗れたことがなかったのだ。
いつもなら、私は母とレジャーシートに座って待っている。
でも今日は一緒に待っていてくれる母がいない。
みんなが走ってスライダーの階段を駆け上がっていく。
一人ぽっちでみんなを待つ自信がなかった。
変な大人にさらわれる、と本気で思った。
怖くなった私は慌ててみんなの後を追った。
階段を登りきって順番を待っている間に、姉に「溺れるのが怖い」と打ち明けたら、姉が二人用の浮き輪みたいなものを借りてきてくれて「一緒に滑ってやるよ」と言った。
それでも怖がる私に、姉は「下で受け止めるからだいじょうぶだ!」と男前に言ってくれた。
順番がくると、私は浮き輪の後ろにまたがって、前にいる姉の背中にしがみついた。
途端、姉が勢いをつけた。

ほんの10秒くらいの出来事。

シューッという水しぶきだか風だかの区別もつかないとにかく速い音の中、視界には空の青とトンネルの中の別世界な感じが交互に次々やってくる。と思ったら、次の瞬間には溺れていた。
必死に立ち上がったとき、そういやそんなに深いプールじゃないんだったわここ、と気づいた。
ようやく見つけた姉は、アメリカンドッグを買いに売店に走っていた。
わ、忘れられてる、、、
ともあれ無事で何より。

それにしても、
ウォータースライダーってやつは、なんてスリリングなんだ!
なんという爽快感!

私はその後、20回以上も一人でスライダーを延々と滑り続けた。

この日のことは、とてもここには書けないようなハプニングが本当にたくさんあったということも手伝って、とても記憶に残っている。

あれから二十数年経った今も、姉と私はこの日のことを時々思い返しては、そのたび気絶しかけるくらい笑い転げる。
それくらい全てを鮮明に思い出せるスペシャルな一日だった。
そして私は、姉とゲラッゲラ笑った夜、決まって布団の中で考える。

あんなスリリングで楽しい経験、もうできないのかな。


大人になって、できることがたくさん増えた。
電車もバスも簡単に乗れるし、新幹線や飛行機にだって一人で乗れる。
美術館の入場券や映画のチケットを買って、大人しく絵画を眺めたり映画を見たりもできる。
ドキドキしたりワクワクしたり、いくらでも一人でできる。

だけど時々、それが空しい。

「できる」を引き換えに、私は何かをなくしてしまったのだろうか。
理性を引き換えに、出来ないことが増えてしまったのは否めない。


目当ての本を見つけに行くとき、私はたぶん、すごくキラキラしている。
その本を持って帰るとき、どうか帰り道に引ったくりにあったりしませんように、と願うが、大体すぐに本を手に入れた喜びが勝って、スキップ感漂う歩き方になる。
家で本を読んでいるときの私は、ずっとドキドキしている。
本を読み終わったあとの私は、たぶん、生活の中で一番素顔になっている。

ウォータースライダーのあの記憶に最も近い感覚が、私にとっては目当ての本を買いに出かけてから読み終わるまでの行程にあたるのかもしれない。
ここにノスタルジーを感じないのが少し残念だけど、体が大きくなった今の私があのウォータースライダーに乗ってあの興奮をもう一度味わおうと望んだところで、それは到底無茶な話だ。仕方ない。

そう思い込んでいた。


今回の目当ての本は【文明の子】。
待ちわびていた太田光さんの二作目の小説。
発売してくれて、本当に嬉しい。
私は、発売日の午前中に本屋に行って、その日のうちに読了した。

どう生きたら、こんな発想ができるようになるんだろ。

読みながら何度もそう思った。

そして、読んでいる途中、ある二人の少年が登場するたびに、私は、本から風が吹いてきて自分の顔にそれが当たっているような錯覚に陥っていることに気がついた。

ーあれ?この感覚、私憶えてる

びっくりした。
私はまた、ウォータースライダーに乗れた。
まさか本を読んで、ウォータースライダーのあの感覚を再体感できるだなんて、思いもしなかった。

良い物語は、時代や現実世界、時空をも超えて、読者をどこにだって連れて行ってくれる。


【文明の子】は、元冒険者達に、もう一度大冒険をさせてくれる、そんな本だった。


マボロシの鳥が独り占めしたくなる本なら、
文明の子はみんなにプレゼントしたくなる本。

とても温もりのある世界。
強烈に面白かったです。


そして、編集者さんがまた送ってくださったので、またまた早速、二冊になっちゃった。
嬉しい嬉しい、超嬉しい!!
ありがとうございます。
ちなみに私、二回読みました。
三回目を読みながら、今日は寝ます。

さらにちなみに。
どうしても私は、太田さんの小説を読もうとすると、一ページ目で泣いてしまう。
なんであんなに人を安心させる文章が書けるんだろ。

私の好きな作家第一位は、太田さん。
それは七年前から一度も揺らいだことがない。
そしてこれからも、揺らがない。

気が早いけれど、次の作品も楽しみです。
それまで私は、マボロシの鳥と文明の子を繰り返し読んで、ジッと待っていよう。

楽しみを持つことは、明日からの自分を支えるガソリンになるんだね。

よっし、給油完了!

私まだ、がんばれる!
文明の子、自分の未来にもパワーくれるんだから!

私この本、大好き!


今日も良い一日だった

皆さん、いかがお過ごしですか?

みなさんの楽しみは、なんですか?


失望したと嘆くのは簡単だけれど、そもそも何を望んでいたのかを、私達は忘れちゃいけない。
小説の一番の感想は、実はこれ。


明日も良き一日を


ごきげんよう

























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