自分で言うのもなんですが、私はかなり「沸点」が高い方だと思います。

そう、滅多なことでは他人に対して怒ったりはしない。無理矢理ガマンして自分を押し殺すというより、年を重ねるごとに、腹が立たなくなってきていることを実感します。

亡き夫が、言っては何なんですがとても手がかかる人だったため😅、大概なことは「ほう、興味深い」と鑑賞……もとい観察してしまいますし、また長女体質というのか、あれこれ世話を焼いたりフォローしたりということも苦にならない方なんだと思います。

 

しかし。

 

私のような女が、困った中高年男性を育ててしまっているんだなあと、最近しみじみ思うのです。

なぜなら、50〜60代男性の子どもっぽいふるまいに、げんなりしているという話をよく聞くので。

もちろん、この世代の男性全員が子どもっぽいと言っているわけではありません。でも、この世代の男性の話を聞くことが多いのです(ひょっとしたら、20〜30代男性がこうであっても、まだ周囲がそれを許容できているだけなのかもしれませんが…)。

 

いわゆるマウンティングを取りに来る(過剰に、あるいは無意識に)

自分の主張が正しいとばかりに、人の話を聞かずにごり押しする

何の説明もないのに、自分の思い通りでないからと言って不機嫌になる

「ありがとう」と言わ(え)ない

……etc

子どもの頃は母親が、結婚していたら妻が、ひょっとしたら娘も、その人が何も言わないうちに、その人の気持ちを推し量って、良きに計らってきたのかもしれません。

マウントをとれば、あとは周囲が何も言わずに動いてくれると、そんな風に学習してしまったのでしょうか。

しかしながら、家族間ならまだ許容できても(これからのご夫婦間では許さない方がいいと思いますが…)、それを外の世界に持ち出されても、正直周囲が迷惑です。

 

翻って私は、そうした男性の気持ちを察して(というか、不機嫌な男性をなんとかしたくて)、その人が満足するように良きに計らってしまうことが多かったように思います。

言い訳が許されるのならば、昭和40年代初頭に生まれた女子には、まだまだそうした良妻賢母教育が施されていたのかなとも思います。良妻賢母……良き妻、賢い母にという話だけでなく、男性一般に対してそう育てられましたし(お茶くみも普通でしたし)、それを不平不満を言わず軽やかにやりきってナンボ、という空気もあったかもしれません。

 

とはいえ、成人してからは特に、社会全体としては、「はあ?お茶くみ?なぜ私が?」という気分はすぐに広がりましたし、またご夫婦の関係でも、最近の若いカップルを見ると隔世の感を禁じ得ません。

が、、、しかし、中高年の男性については、正直、立ち向かうのもめんどくさいので、はいはい……と対応している人も少なくない……のではないでしょうか。

こうして、一部の中高年男性は孤立を深めていくのかもしれません。。深く関わると面倒だから、適当に付き合う&なるべく関わらないようにしよう、と周囲がなっていくわけなので……。

すると余計に、本人は無自覚でも寂しくて、暴れる困った人が出てくるのかもしれませんね。。。

 

しかし、私個人としては、孤立を深めればいいんじゃない?爆弾と正直思い始めています。

 

私に甘えるんじゃねーーーーっ!

 

言葉使いが悪くて失礼いたしましたが😅、↑のような気分が湧き上がることが増えてきたので。

 

というか、私も年を重ねてきて許容量が減ってきたのかもしれません。「沸点」も下がってきたのかも。

甘えさせても、甘やかさないを信条としてきましたが、これももう終わり!!

 

私に甘えてもOKな男性は、亡き夫と、私にとって亡き夫に匹敵する人のみ!

つまり、私が決める!と心を決めたいと思いました。

 

しかし・・・、持論且つ暴論ですが、孤立した中高年男性は、社会問題化するんじゃないかと心配ですね・・・・。

この時、誰も近寄れない孤立した中高年男性に寄り添うのは、やっぱり大人の女なのかなあ。

「もっと若いのを連れてこいよ」「お前じゃ話にならん」とか言われても、あるいは「はあ?なんで私がそれをしなければならないの?」的なことを押し付けられても、さらには意味不明且つ不規則な怒りに対してさえ、「はいはい、そーねー」とか、「うん、50年前は私も若かったのよー」とか、「はい、わかりましたぁ」とか言いながら、収めるんでしょうか……。若い男女にもオバサン扱いされながら……。

 

はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと、正直思いますが、先輩方の背中を見れば、それは自明。

でもね、、もうちょっとやり方があるのではないかと、諸先輩方にお話を伺いながら、もう少しじたばたしてみたいと思っています。