2週間ほど前に実家のお墓参りに出かけてきました。

毎年、4〜5月に行くと決めているのですが、新型コロナウイルスの流行で延び延びになっていて、気になっていました。

 

井戸水でお墓をお掃除します。

 

なぜ実家のお墓参りか?と問われると、ちょっと答えに困ります。

子どもの頃はお墓は好きだけれどあせる(少々語弊がありますが😅 別に今のような仕事をしようとは子どもの頃はもちろん思っていませんでしたが😅)、お墓の掃除には正直全然一生懸命ではなかったのです。

 

でも、結婚してから変わりました。

もう少し言えば、東京に出て働くようになってから変わりました。

 

自分のルーツよって立つところ、みたいなものがないと、何かに吹き飛ばされそうになると感じていたからかな、と。

 

マスコミ業界の片隅になんとか潜り込み、朝も夜もないような生活を続けていて(こんなこと、今はやらないようにしましょうね〜)、当時はバブル期で世の中がどこか浮き足だっていたし、また業界の先輩方はとても華やかで、そして女性は「できる女」「きれいな女」だらけに見えていた……。

 

バリバリに仕事をしている先輩方と、

いわゆる「幸せな結婚」を選択していく同僚や先輩方が

ピカピカに光って見えて……。

 

……なんだけれど、私は彼女たちとは違う人生を歩むだろうな、ということもわかっていました。

それは、当時の私の状況がそう思わせていたということもあると思うけれど。

 

そんなわけで、世の中の空気と、それから若い世代ならではの華やかな時間とは一線も二線も引いていた、引かざるを得なかった自分が立てる場所、立っていてよいと思える場所が必要だったんだと思います。

つまるところ、どこにも居場所がなかった私には、お墓しかなかったってことですね😅

 

お墓は、常に変わりません。

そこに静かに建っているだけ。

しかもそこには、自分と縁の深い人たちの遺骨が納められています。

 

常にお墓にいたいわけじゃないけど😅、でも、当時の私にはお墓のような「変わらないもの」「確実なもの」が必要でした😊

 

あ、この感覚って、父や夫を亡くした時もそうでした。

 

 

……なことを思いながら、お墓掃除。

 

 

でもって、お掃除していた時にふと目に付いた建立年が昭和15年。

なんと、今年はお墓の建立80年の節目の年でした!!

 

ちゃんとお墓参りできてよかった〜とほっとしましたニコ

 

 

中学生の時は、毎日学校帰りに墓地に寄り道していたくらいのお墓好きでした😅😅

当時は理由をうまく説明できなかったので、「家紋が好き」と言っていたのだけれど。

 

でも今は言えます。

お墓には、故人に向けられた思いがたくさん詰まっているから。

私のお墓好きは、その思いに心揺さぶられるから、ってことなんだと思います。人様のお墓で申し訳ない話なのですが…汗

 

最近のお墓はデザインも自由になってきています。

赤みがかった石の小さなお墓に、亡くなられた、おそらく奥様だろう方のお名前が男文字で彫られていたり(例えば「稚子」と夫の字で彫られているイメージです)と、お墓を見ていてもらい泣きしてしまったこともあるくらいです😅

そして、そこまでのご関係だったご夫婦のことも想像しました。

 

故人と生きている人をつなぐもの……。

 

やっぱりお墓、好きですね〜〜ドキドキ