暑さ厳しい8月1日の午後、「東京大学」の本郷キャンパスを訪問しました。

キャンパス内の「HASEKO - KUMA HALL」で開催された「隈研吾」氏の講演会を拝聴するためです。
この講演会は、世界3カ国(日本、英国、米国))で同時発売される最新作品集『隈研吾 場所の建築』の刊行を記念したものです。

1954年に神奈川県で生まれた隈氏は、1990年に隈研吾建築都市設計事務所を設立。
慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在も東京大学特別教授・名誉教授を務められています。
自然素材を多用し、周辺環境との調和や歴史的文脈を重視する設計思想は国内外で高く評価されており、「新国立競技場」、「角川武蔵野ミュージアム」、「高輪ゲートウェイ駅」など数多くの著名な作品を手がけておられます。
講演会では「場所との対話」をメインテーマに掲げられ、世界各地でプロジェクトを進める中で、単なる造形物としてではなく、マテリアルや周囲の空間との関係性を再構築するアプローチの重要性などを、最新作品集に収録された近年の事例を中心に語って下さいました。

特に印象深かったのは、冒頭にお話になられた隈氏が建築家を志すようになったきっかけのエピソードです。
隈氏が10歳の頃、父親に連れられて行ったのが「国立代々木競技場」。
1964年の「東京オリンピック」のために建設され、第一と第二の2つの体育館があり、2021年には国の「重要文化財」にも指定された、今見ても「どうやって建てたんだろう?」と不思議に思える特徴的な建物です。
隈氏は当時、夏の間は毎週のようにこの体育館のプールに行っていたそうで、泳ぐことよりも、建築の美しさに見惚れている時間の方が長かったそうです。
この体育館を設計したのが伝説的建築家の「丹下健三」氏。
この時の体験は隈氏に建築家になる事だけでなく、丹下氏の母校である東京大学の建築学科を目指すことを決意させたそうです。
その後、志どおりに東京大学に入学、卒業して、世界的な建築家になった隈氏。
少年時代に憧れた丹下氏は1964年の東京オリンピックの体育館を設計しましたが、今度は隈氏が2020年の東京オリンピック(新型コロナウイルスの影響で2021年に1年延期)の機会に建て直された国立競技場を設計する事になりました。
なんかドラマチックですよね。
そして隈氏がかつて学んだ校舎の内部のリノベーションを担当し、自身の名が冠されたホールで講演を行う。
こんな事って、人生でなかなか起きることじゃないと思うんですが、志の高い人、運を逃がさない人にはポジティブな連鎖が起きるのかもしれません。


