「公明党に問う この国のゆくえ」(毎日新聞出版)が9月に発行されています。ジャーナリスト田原総一朗さんが、山口那津男公明党代表に問いかけ・つっこみをしながら対談が進められている書籍です。

 コロナ禍、10万円の特別定額給付金の導入では、山口代表の安倍総理(当時)への直談判と導入決定の瞬間は、多く報道されましたので周知の事実ですが、この書籍の中で、経緯などを赤裸々に代表自身が話していますので、要約して紹介してみます。

 

田原

 山口さんが、減収世帯へ30万円給付ではなく、一律10万円を給付すべきと迫ったのはなぜか。

山口

 国民の求めていることに、政策が追いついていないというズレを痛いほど感じた。党にも私自身にも、本当に驚くほど批判の声がどんどん届いた。まず、世帯単位という発想がいけない。生活形態は家庭により多様であり、今は個人を中心に考える方が合っている。また、家族構成を調べるのにも時間がかかる。さらに、所得制限を設けることで、申請する側も計算の手間、行政側は審査をしなければならない。

田原

 その審査が面倒くさい。インチキな申請じゃないかとか調べなきゃいけない。

山口

 審査まで自治体となると、大変な手間になる。さらに、困窮しているのに条件に合わず、給付を受けられない人が出てくる恐れもある。不満や反発が一気に押し寄せ、分断が起こるかもしれない。与党の一部には、10万円は第2次補正でやればという意見もあったが、支給が遅れる、財源もより多く必要になる。30万円給付で不評・不満を買い、自治体からブーイングが出た後に10万円では、効果が薄れてしまうと思った。

田原

 二階自民党幹事長は所得制限付き10万円給付に言及していた。連携していたのか。

山口

 まったく連携はなかった。いきなり二階さんが記者会見で言及されたので、ちょっと驚いたが、二階さんでさえおっしゃるわけだから、やはり10万円に切り替えるべきと。事態を冷静に見て、総理とじかにお話しするしかないと思い、公明党役員会で協議後、安倍さんに連絡し申し入れをした。

田原

 この件で、公明党内部では会議をやっていたのか。

山口

 ずいぶん前から政府にも提案はしていた。3月28日に総理が第1次補正の編成方針を出した時点で、世帯単位で給付金という枠がはめられてしまった。公明党は、31日に一律10万円を提案、自民党も同様の案を出してきた。総理も所得制限つけないで1人10万円のアイディアを持っていたが、財務省がその案を覆した。自民が望み、公明が要求し、総理も同じことを考えていたのに、じゃあ、世帯30万円案はいったい誰が決めたのか。総理、このままでいいんですかと、強く迫った。

田原

 自公連立をやめるって言ったんじゃないの。

山口

 そういう報道があったが、一切言ってない。ただ、国民の思いを読み誤ると、政権そのものに対する信頼が大きく揺らぎますよ、ということは申し上げた。緊急事態宣言後、減収世帯30万円を行っても、不評こそあれ、政府のおかげで助かったと喜ぶ人は少ないでしょうと申し上げた。

田原

 安倍会談の時間はどのくらいだったか。

山口

 30分ぐらい。特に強く申し上げたのは、政府与党の意思疎通が十分になされていないということ。国民の声がきちんと政府に届いていないのではないかと思われる現象がいくつもあり、安倍さんには声をしっかりと受け止めていただきたいと。今から一律10万円に切り替えれば、大きな混乱を呼ぶでしょう。安倍さんから、誰かのメンツがなくなるとか、予算の成立が遅れるとか、いろいろな反論もあった。それに対して一つひとつ丁寧に裏付けをもって解決策を提示した。

田原

 変更は、山口さんにとっても大きな決断だったよね。

山口

 私も一度は30万円給付を決定した責任者だ。覆すわけだから、こちらも恥を忍んで申し上げる覚悟だった。やるべきではないとわかっているのに実行するよりは、苦渋の決断であったとしても、国民の声に従い、実行した方がいいに決まっている、必ず評価してくれるに違いないと、固い信念で安倍さんと向き合った。よく私の話を聞いてくださったが、総理の立場で政府の意思決定の手続きの重さとか、関わった人たちの苦労とか、とても気にされていた。私自身がそれを痛感しながらも、異例のことをやっているということを理解いただきたい、決断できるのは総理と私しかいない、と話した。政調会長同士等で議論したが、平行戦で前に進まない、課題が大きすぎて政調会長の判断だけでは決めきれないと痛感した。もう、総理に直談判をしなきゃいけないと思い、4月15日に提言し、16日にも朝から何度か電話をして、強く迫った。総理が心配することを一つひとつ丁寧に解きほどいたうえで決断を促し、その日の夕方、決定された。

田原

 一度閣議決定しておきながら、急に一律10万円給付にした総理は無責任であるとマスコミは叩いた。

山口

 私も含め、関わった人はみな同罪だ。決断ができるのは、最高責任者の総理と与党公明党の代表である私だ。2人が責任を持ってやるべき。閣議決定は実に重い意味を持つ、軽々しく覆してはいけないというのは大原則だ。国民の不安は募る一方、そのスピードに政策決定から実行までに時間差があり、追いつかない。機敏な転換も必要で、決断のしどころであった。

 (4月17日発表)総理から電話があり、よかった、おかげさまでこの件で与党の結束がかえって強まったように感じます、というお話をいただいた。「過ちては改むるに憚ること勿かれ」「君子は豹変す」をいい意味で実行したことになったと、お互いにそう納得し合った。

 国民の皆さんは評価してくださったが、赤字国債が増え将来世代につけとして残る責も負わなければいけない。大事な意思決定を覆したことを決して慣例にしてはいけないという節度も持つべき。こうした変更は軽々しくやるべきではないと自戒している。しかし、窮余の一策であったと、忸怩たる思いを持ちながら受け止めている。