淡々と生きる

いつだったか、小林正観さんに憧れて
この言葉を
人生のキラキラ座右の銘キラキラにしようと思った

だけど、もともと私は情にもろく
喜怒哀楽もハッキリしていて
この言葉からかなり遠ざかった場所にいた


そんな私が淡々と…過ごせるわけもなく!!

自分を責めるようになったあせる

なんで動揺しちゃうの
なんでイライラしちゃうの
なんで余計なことしちゃったの

とにかく自分を攻撃した

そもそも遺伝子が悪いんじゃない?
両親の育て方が悪かったんじゃない?

遺伝子も親も攻撃し



そして、ある日思った

理想の人間になろうとすればするほど
理想の人間から遠ざかる…

理想の人間であらねばならない!
という執着になってしまっていたんだ

執着を捨てて淡々と生きたかったのに
その目標が執着になっていたなんて…

笑えた笑い泣き

人生はひとりコントだ笑い泣き笑い泣き笑い泣き




あとから理解したことだけど

ありのままの自分を受け入れないことには
こころの器は大きくならない

それから、少しずつ
(男子学生風に)
今の自分でもそれなりにイケてるんじゃね?
ひどいこと思っちゃってもいいんじゃね?
泣いちゃってもいいんじゃね?
ま、いいっしょ
そういうこともあるっしょ

だって、人間だもん


そんな口癖を意識して増やしていった

自己肯定感はいわば
大きな木の根の部分
ここが太く長く大地にしっかり根付かないと
枝ができて
花が咲いて
実が実っても
大きな嵐がきたら倒れてしまう

それから私のキラキラ座右の銘キラキラ

自分だけは自分の味方をする
何があっても自分だけは自分を裏切らない

に変わった



そしていつか、その延長上に

淡々と生きる 

に、たどり着いたらいいな
と思っている