建礼門院右京大夫 春のはな | わたる風よりにほふマルボロ

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美しい和歌に触れていただきたく。



おなじ春なりにしや、建春門院、だいりにしばしさぶらはせおはしましゝが、この御方へいらせおはしまして、八条の二位殿、御参りありしも、御所にさぶらはせ給(たま)ひしを、御匣殿(みくしげどの)の御うしろより、おづおづ、ちとみ参らせしかば、女院、紫の匂ひの御衣(おんぞ)、山吹の御表着(うはぎ)、桜の御小袿(こうちぎ)、あを色の御唐衣(からぎぬ)、蝶をいろいろに織りたりし召したりし、いふ方なくめでたく、わかくもおはします。
宮は、つぼめる色の紅梅の御衣(おんぞ)、樺桜(かばざくら)の御表着(うはぎ)、柳の御小袿(こうちぎ)、赤色の御唐衣(からぎぬ)、みな桜を織りたるめしたりし、匂ひあひて、今さらめづらしく、いふ方(かた)なくみえさせ給ひしに、おほかたの御所の御しつらひ、人々のすがたまで、ことにかゞやくばかりみえしをり、心にかくおぼえし。

春のはな秋の月夜をおなじをりみるこゝちする雲のうへかな

建礼門院右京大夫
建礼門院右京大夫集3
 
 
【口語訳】

(ひとつ前の歌を詠んだのと)同じく
承安四年の春のことだったか、
建春門院様(後白河院后、平滋子)が
宮中にしばらくおいででしたが、
中宮御所にお越しになり、
八条の二位殿(平時子)も宮中においでで
やはり中宮御所にお越しになったのを、
私が御匣殿の影に隠れて恐る恐る
ちらりと拝見すると、
建春門院様は
紫匂いのかさねの御袿、
山吹のかさねの御表着、
桜のかさねの御小袿、
青色のかさねの御唐衣の、
蝶をいろいろに織りあしらったものを
お召しでいらっしゃるさまが
もう表しようもないほどご立派で、
お年よりずっと若くもお見えでした。
中宮(高倉天皇后、平徳子)様は、
蕾紅梅のかさねの御袿、
樺桜のかさねの御表着、
柳のかさねの御小袿、
赤色のかさねの御唐衣、
すべて桜の花を織り込んだものを
お召しでいらして、
それらのお召し物の色が映り合い、
いつも見申し上げていることながら
いまさらながらすばらしく
何とも言いようなくお美しくお見えで、
また中宮御所全体の御装飾、
其処に勤める女房たちの姿まで
特別輝くほどに見えた時、
心にこのように思ったのでした。

春の桜と秋の名月とを
同時に見るような心地のする
夢のような宮中生活だこと……。

(訳:梶間和歌)
 
 
雲のうへ:宮中の意
 
 
ひとつ前の歌とは

雲のうへにかゝる月日のひかりみる身のちぎりさへうれしとぞおもふ

のことで、
これに続く配列の歌です。

右京大夫出仕後間もない
承安四年の春のこと。

平清盛の妻の姉妹である建春門院は
この時33歳で、
当時としては若いとは言えない年齢だった
とのこと。
その建春門院が若く美しく見えたという
華やかで立派な衣装の描写。