祖母の腕から落ちる
当時、母は赤ん坊だったので、祖母に抱きかかえられていた。
空襲で避難する際に腕から落ちて、少しの間見つからなかったそうだ。
幸いにも怪我もなく、祖母が見つけることができたらしい。
でも、逃げ惑う人たちに踏まれたり、空襲の被害を受けたりしていたかもしれないことを考えると、
無事だったのは本当に幸運だった。
この話を語る母は、当時の記憶が全くないので、笑い話のように語る。
ただ、祖母の心境はどうだったのだろうか。
用事か何かで市街の方へ出かけたのだろうが、戦時はいつ何が起きるか分からない怖さを改めて感じる。
この話を検証してみた
赤ん坊を抱えて空襲から逃げる状況では、爆音や火災、煙、暗闇、人々の悲鳴や混雑の中で、転倒や衝突は珍しくなかったようだ。これは戦争映画でもよく見かける描写の一つとして認識されている。
腕から赤ん坊が落ち、見失った瞬間には、 「もう助からないかもしれない」 「自分のせいで子どもを失った」 「何としても見つけなければ」 という極度の恐怖と絶望に襲われた可能性が高い。
そして見つけた瞬間には、安堵と同時に「二度と離すまい」という思いで強く抱きしめたのではないだろうか。その後も長く、その出来事を思い出すたびに胸が締め付けられた可能性がある。
一方、母が赤ん坊だったため記憶がなく、笑い話のように話せるのは自然なことだろう。記憶がないからこそ、「そんなこともあったらしい」と客観的に語れるのは、生きていればこそだ。
同じような事例は実際にあった。空襲や避難の混乱では、
- 赤ん坊を落としてしまう
- 親子が人混みではぐれる
- 防空壕や避難先で子どもを見失う
- 家族が別々の方向へ逃げてしまう
といった出来事は少なくなかったようだ。
当時の証言集には、「子どもを探して焼け跡を何時間も歩き回った」「一度は死んだと思った子どもが避難先で見つかった」といった体験も数多く残されている。一方で、残念ながら再会できなかった家族もいた。
そのような状況を考えると、母が無傷で見つかったことは、本当に非常に幸運だったと言える。ほんの数分、ほんの数メートルの違いで、全く違う結末になっていた可能性も十分にあった。
私はこれまでの人生で災害を経験したことはあっても、中心よりもだいぶ端のほうにいたので、ほとんど影響がなかった。
もし命に関わる事態や大混乱の渦中にいたとしたら、冷静でいられるかどうかの自信がない。
なぜなら、仮に自分が冷静にいようと心がけていたとしても、周囲も同じようになっているとは限らないからだ。
そうなると、次第にその状況に飲まれていくのではないかと思う。
だから、この話を初めて聞いた子ども時代は、母の笑い話につられて「ドジな話だな」と思っていた。
でも改めて考えると、ものすごく恐ろしい状況だ。
現代日本で一番遭遇する可能性が高いのは自然災害だろう。もしその時が来たら、落ち着いて行動したいと思った。