昨日は、緑鐡受験指導ゼミナールの合格パーティ

毎年、これが楽しみで通信教育を続けている

今年は医学部系の合格が多かったようだが(生徒もそちらが増えていて、ほかがかなり減っているから仕方ないのだが)、いずれにせよ嬉しい

ただ、ふだんの年より人数の集まりが悪かったのが残念だ

会場が交通の便の悪い本郷にしたのがよくなかったのかもしれない

さて、実は、アメリカでブログの更新をしたかったのだが、ほかの仕事を抱えていたためにそれができなかった

で、空港のラウンジで更新をしようとしたら、ログインのためのブラウザが開かない

実は、ホテルでも同じことがあって、ホテルマンにそのブラウザのアドレスを入れてもらった

PCに詳しい人に直してもらったはずなのに、ちっとも解決していなかった

とりあえず、空港の人にアドレスを入れて、やっとログインできたが、今度はポインティング・デバイスが動かない

たまたま、車を返す際にハーツが混んでいて


私がパナソニックのLet's Noteを使っているとのことで、よそのよりはるかにましという風な形で、暗に私が悪いようメッセージをいただいたことがあるが、PCがこれだけの汎用品になり、また人口の高齢化を考えると、普通の人が普通に使って、普通のことができるものを作ってほしいと思う

こんなことだから、日本のITはアメリカどころか、中国や韓国にも勝てないのだろう

昔の日本は使い手の要求水準に応じたものを作っていたものだが、今はアメリカのサルまね以外の何物でもない

アメリカに行くと、明らかに日本より景気がいいのがわかる

ハリウッドなどに行っても、夜の人だかりが戻っているし、若者も元気だ

そして、新しいビルがいつ行っても立っている

チップが18%なのも含めて、人に金が回る仕組みがないと景気はよくならないと痛感した

日本では、格差が進んでいるはずなのに、ANAのパリ便ではファーストクラスが廃止になったようだ

どこまで日本の金持ちはケチなのだろう?

税制で優遇して、子どもへの贈与を甘くしているようだが、ちゃんと贈与した金が使われなかった場合は没収するくらいでないと景気などよくなるわけはない

さて、緑鐡の合格パーティには受験を勝ち抜いて受かった子たちが来たわけだが、中教審の答申によると2020年度からは、おおはばに面接や小論文が重視される試験に変わる

テストより、人が人を選ぶほうがよいという話だそうだ

しかし、東大そのほかの医学部をみてもわかるように、論文を改ざんして、製薬会社から金をもらっている人間はあとを絶たないし、今回は2年も前に科研費を不正に取得して詐欺罪で訴えられた秋山とかいう教授がやっと東大を懲戒解雇になったということだ

問題は、それを選んだ教授会が一切責任を取らされないということだ

大学の入試面接は企業に倣うというが、企業は面接でとった人間について、人事は責任を取らされる

大学教授は、いい加減な面接をやって人の一生を台無しにしても責任は取らされない

第一、ペーパー試験で落とされたのなら、来年頑張る気になるが、試験の点が足りているのに面接で落とされるのでは、来年もどうなるかわからない

人格を否定されたことになるのに、そういう傷つきは大学教授たちは何も考えないのだろうか?

何人か新制度の入試になって自殺者が出てやっとやめるということになるのだろう

ま、大学教授たちは人殺しが平気だから群馬大学のようなことが起こるのだろう

もちろん、今回の殺人医師も45歳ということだから、群馬大学が面接を入試に導入してからの入学者のはずだ

でも、面接担当者は誰も責任を取らないだろう

さて、教授というのは教授会で選ばれる

大学の入試面接について、人を診る目に自信があるというが、教授線に関しては、面接まがいのものはあるが、原則的に論文の数やインパクトファクターで選ばれる

これで、面接に自信があると言えるのだろうか?

明らかにダブルスタンダードである

ところが、この客観的なはずの論文の数やインパクト・ファクターがデータ改ざんが平気でできるものだとわかってきた

本年度から大学では学長権限がずっと強くなるように法改正されたそうだが、もう少し大学の教授たちに人を見る目ができない(社会に出たことがない人間が大半なのだから、これは無理だろうが)限り、絵にかいたモチになるだろう

ただ、私は東大教授たちが無能と言いたいわけでない

面接能力は乏しいが、入試問題のできは少なくともよその大学よりはるかにいい

餅は餅屋でやったほうがいいと言いたいだけだ