また、後ろのほうに重複があったので直そうとしたら、下書き保存もできないと返ってくる

後ろのほうの重複は、実はフォントの大きさを直そうとすることで起こるようだ

ある読者の方からのリクエストで読みやすいようにそうしたのだが、今は読むほうで拡大だってできるから、これをやめてもいいのではないかと思っている

ご意見を聞かせていただきたい

以下が、もとの記事だ


朝起きて、スポーツニュースを確認すると、開幕からカープが負けている

昨日は仕事もはかどらない嫌な一日だったが、なんか貧しいチームはどんなにがんばってもダメと言われている気がして悲しい

こういうメッセージもきていた

「格差社会になって、お金にゆとりがなくなると家族ですら、いがみ合うようになるのが人間の本性なんだと思いました。つい10数年前までは、こんな家族ではなかったのにお金がないと家族ですら、簡単に傷つけ合うようになるのですね。お金がないストレスにより、その怒りは格差社会を作った大金持ちに向けられず、身近な人でいがみ合うようになるのは、やはり知的レベルが低い一般庶民だからでしょうか?私の姉は、定時制卒で離婚をして、3人の子供を抱えながらワーキングプア状態です。この格差社会では、お金がないと学力をつけれることも困難なのか、姉の子供二人は、偏差値40前後の高校も落ちてしまいました。私が思うに、親に多少の経済的、精神的ゆとりがないと子供のほうも思春期の頃は、落ち着いて勉強することが出来ないのではないかと思います。格差社会を作った大金持ち達は、ここまで予想して格差社会を作ったのでしょうか?親を経済的に貧しくさせ、精神的なゆとりを奪い、その子供達に学力をつけさせず、将来その子供達はまともな職に就けずに、また貧困に陥る。知的レベルは低いままなので、貧困によって溜まったストレスは大金持ちに向けられず、身近な人にぶつけて発散する。なぜ、こんな社会になってしまったのでしょうか?」(引用終わり)

というメッセージをいただいた

私は直感的にかなり当たっていると思っている

増税にしても消費税の話になって、アメリカやフランスでトレンドになっている金持ち増税の話はほとんどでない

前から私が問題にしているような、累進課税の強化(昨日、税金を払いに行ってきたが多額のローンを抱えていると、今、これをやられるとほとんど生活費が残らないことに気づいたが)や相続税の大幅増税(私は100%でいいと思っている)という話題はまず出ない。テレビのコメンテーターもテレビ局や新聞社や雑誌社の正社員も消費税の増税のほうが、所得税の課税強化よりメリットがあるからだろう

減税というのは聞こえがいいが、貧乏人にはほとんど恩恵はこないで、金持ちにばかりメリットが行く制度だ。直接税の増税はその逆なので、今の格差社会ではそれを言う人がいない

また今回の増税についても、増税は仕方がないが「無駄使い」を減らしてからという話はいっぱい出る。公務員の給料をへらしたり、公的支出を減らすのは、一見正しそうに聞こえるが、その分、サービス低下のリスクがあるし、公務員の給料を減らすと、民間も減らそうという経営者の言い訳につながりかねない

もちろん「無駄使い」を減らすことは大切だが、それ以上に効果があるのは、税金の取りはぐれをなくすことだそうだ

諸外国なら当たり前にやられている納税者番号を作って、「節税」が合法的なもの以外はできないようにするだけで、とりはぐれがなくなるだけで10兆円くらいの金が入ると、鳥取のエンジン01のシンポジウムで勝間和代氏が明言していたが、おそらくその通りだろう

でも、そういう形で歳入を増やすという話は、やはり金持ちに不利なので、マスメディアで論じる人はいない

マスメディアでは、金持ちに都合のいい情報しか流れない

ネットでそれを補完すればいいのだが、諸外国と比べておそろしく影響力が低い(このブログだってほとんど影響力はないだろう)上に、ネットの住人が、この投稿の主が言うように足の引っ張り合いが大好きだ

公務員や東電や、弱っているところばかりをたたいて、金持ちは叩かれない

でも、精神分析の理論でも、自己愛が傷ついている人間は、もっと駄目な人間を探して、自己愛を満たそうとするところがある

本日は、もう一つ気になったメッセージを紹介したい

私が胃瘻(変換ミスで字が間違っていたようだ)について肯定的なコメントを書いたところ、誤嚥性肺炎を繰り返した認知症の祖母をもつ方から、「祖母の顔を見に行き、シャキッとしていた確り者の祖母の姿はなく、会話も成立せず、お祖母ちゃんっ子だった私は涙が止まりませんでした」「認知症で意思の疎通もはかれない祖母は胃婁処置中に『痛いよ~痛いよ~』と叫び嫌がり、私は廊下で祖母の訴えを聞いてまた涙が」「最後は胃婁挿入部からMRSA感染をしてしまい亡くなりました」(以上「」内は引用)というメッセージをいただいた

この方のメッセージは、予防接種が実費の都道府県も多いし、不妊治療もお金がかかるというような話のあとで、「下らないことで国や政府はお金を使わずに少子化にお金を使って欲しいものです。学校教育問題も含めて」と結ばれていた

確かにどんどん成長していく子どもと比べて、どんどん老い、衰え、ぼけていく老人の姿を見るのは、身内であっても、いや、身内のほうがよけいにつらいだろう

胃瘻についても、確かに処置はうまくいかないこともあるし、挿入部からの感染症もある

おそらくこのケースは誤嚥性肺炎を繰り返していたころは鼻からのチューブか、点滴か、あるいは、食事介助を受けていたのだろう。点滴や呑み込みの悪い人の食事介助では、十分な栄養が取れないから、どんどんやせていく。鼻からのチューブは、やはり誤嚥のリスクは大きい。

胃瘻は処置のときに痛いこともあるし、この人のおっしゃるように感染はないわけではないが、鼻チューブのように四六時中違和感を感じることはないし、誤嚥性肺炎を繰り返すのと比べると感染リスクは少ない

もちろん、誤嚥性肺炎を繰り返せば、そのたびに抗生物質の点滴をすることになるので、医療費もかなりかかるし、そのたびに痛い思いをする。認知症の高齢者などは、それを引き抜くことも多くて、拘束の原因になる

でも、こういう話は相対的なものだ

誤嚥を繰り返す認知症の高齢者など、とくに昔と比べて、すっかり老いさらばえた姿を見せる高齢者については、胃瘻も誤嚥性肺炎の治療も医療費の無駄だという発想もある

私は、相対論として、胃瘻のほうが誤嚥性肺炎に抗生物質を使うより、コストも安いし、自然に近いと言っているだけで、これだって金はかかるし、不自然なことには変わりない

そういう弱い高齢者を飢え死にさせていいのか、治るのがわかっていて肺炎で死なせていいのか、不自然だし、苦しい思いをするのだから、こんな治療はやめるべきと考えるのか

私にも実は答えがない

実際、飢え死にというのは、外から見ると可哀想だが、意外に苦しまない死に方だという話もある

ただ、一つ言えることは、しゃきっとした元気な高齢者とか、若者とか、子どもであれば、相手がどんなに苦しいとか嫌だと言っても、積極的治療をやるべき(子供は予防接種を含めて、たいてい注射は痛がるし、嫌がるだろう)だが、認知症になってしまって、家族から見ても見たくない姿をさらすような高齢者なら、痛がってり、苦しがったりすれば、そんな治療はやめるべきだという考え方には、どうしても違和感を感じてしまうということだ