晩御飯を食べながら、外国の辺境でがんばる日本人のドキュメンタリーをやっていた

とても、素直に感動できる内容だった

それ以上に、(途中からみて最後まで見ていないからわからないが)わけのわからないタレントのコメンテーターがいないのが嬉しい

「感動しました」とかいうありきたりのコメントを言って、何十万もギャラをもらって帰る

多くのテレビのこの手のドキュメンタリー番組では、スタジオの費用のほうがVTRロケの費用よりたくさん金をかけているらしい

逆に言うと、くだらないタレントのコメントをスタジオでとらなければ、もっとロケに費用が出せる

本日みたいな番組なら、辺境の地で頑張る人にいくばくかの支援金も出せるだろう

私がスポンサーなら「ここで、『感動しました』というコメントを出すタレントに払う費用を現地に寄付しました。これからもそのようにやっていくのがわが社のポリシーです」と公言させるだろう

しかし、日本のスポンサーは、広告効果やメセナ効果より、代理店の人に飲ませ食わせされて、芸能人とお酒を飲む機会のほうが大事なので、タレントを使い続ける

コネで入った仕事の出来ない人間(ただし、その会社の重要な取引先の子弟や、その会社の創業一族の子弟が多いらしい)が宣伝部という、仕事内容が評価されず、楽な仕事の分野に配属されるので、視聴者は下らないタレントのコメントを聞かされ続ける

もちろん有り難がって聞く人もいるのだろう

被災地の慰問のつもりで、東北に教育で講演に行ってもろくに客がこないのに、芸能人が炊き出しにいくと大勢が集まる

東北の子どもたちが余計に芸能人に憧れをもつようになると、よけいに彼らの学力低下は止まらず、自力で立ち上がるより、政治家頼りがよけいにひどくなることだろう

さて、民主党の代表選びで、小沢氏が支持する候補をきめるやり方に批判が強い

もっと国民の声を聞けとかいう話だ

テレビではほぼ全局この論調だ

自民党も、ある時期までは派閥の力関係で首相が決まっていた

ところがある時期から、派閥の力より、テレビに出ている人間、テレビの受けのいい人間が首相になるようになった。そしてテレビ局が嫌いな人間は、首相になってもコテンパンに叩かれる

小沢氏は、記者クラブにも反対だし、テレビの好きに政治を動かさせないというスタンスの人間だ

だから、上杉氏を初め、硬骨のジャーナリストには評判がいい

いっぽう、テレビマスコミにとっては既得権益を奪う憎き人間だ

今回の裁判も、まず秘書たちは全員無罪になるだろう

裁判所が検察のとってきた証拠をほとんど認めなかったし、村木さんの事件を含めて、証拠改ざんにかかわった人間がとってきた自白調書など採用されるわけがない

当然、小沢氏の裁判はもっと証拠がないのだから、有罪にはできない

確かに金の流れに疑問は残るが、基本的には冤罪の構造だ

それでも、マスコミは、きらいな人間だけは無罪判決がでても叩き続ける

薬害エイズの安部氏などがその好例だ
(この件については説明が長くなるので、弘中惇一郎ほか著、『安部英医師「薬害エイズ」事件の真実』を参照されたい)

派閥政治が復活すると、テレビが自分の好きな人間を首相にできなくなる

テレビ局が好きな人間とは、基本的に金持ちの、スポンサーや年収千五百万円以上のテレビ局の社員やテレビに出ている人に得な政策や税制をやってくれて、東京の人の納めた税金が地方にいくのを阻止してくれる人間だ

要するにテレビ局に受けのいい人間を首相にする限り、日本の都会と地方の格差や貧富の格差は拡大する

それがこの10年間のトレンドだ

それと比べると派閥政治のほうがよほどましな気がするのは私だけだろうか?