いろいろと励ましのメッセージをいただくが、批判メッセージに一緒になってケンカをしているようだと格を落とすだけだから、前のようにいろいろな話題を提供すべきというメッセージをいただいた。

その通りである。

ということで、今回は批判メッセージに答えないで新たな話題にしたいが、一つだけ言っておきたいことがある。

私が所得の再分配で1億総中流に戻すことが消費不況の解決のためにいい方法ではないかという見解を何度も述べているが、そのたびに、それは違う、経済学者はそうは言っていない、まずは大企業を立て直すべきなどなどという意見をいただくし、竹中氏のやり方は正しかったという意見も聞く。

私の側で理屈で反論する材料はないでもないが、私のスタンスは、どっちが正しいとかいう論争は不毛だという考え方だ。論破では絶対に世の中は変わらない。

世の中を変えるのは、マスコミか政治家が、ある仮説を支持し、それによってそれを本当に試してみることだ。やってみてうまくいけば、その意見なり、理論が正しかったことになると、いろいろなファクターはあるにせよ、結果が悪ければ、そのファクターも含めた複雑系の中で、その理論は、その時点での日本経済では通用しなかったと素直に認めるべきだということだ。

そして、竹中理論に基づいた政策は、少なくてもすでに試されているが、私の理論に基づいた政策はまだ試されていないということだけが確かなことなのだ。

竹中氏にしても骨抜きにされたという風な思いは強いかもしれないが、骨抜きにされるということも想定して理論を組まなければ、実際に使えない。企業の企画なら、抵抗勢力に根回ししたり、どんな反応が想定されるかをリサーチしてから、その立案を実行に移す。失敗したら、抵抗勢力が邪魔して、私の企画が骨抜きにされたから失敗だったのですなどという言い訳は、学者の世界や政治の世界では通じても、企業社会では通じない。経済学者が、そういうファクターも計算に入れないで、理論として立派なことを言いたいのなら、政治家や政治家のブレーンなどにならずに、理論家として学会にとどまっていればいい。

さて、今回のさまざまな批判メールへの直接の反応なのかもしれないが、今回は、精神科の入院問題について考えてみたい。

私が精神科医になりたての頃は、まだまだ日本の精神科入院はひどいものだった。

私が学生時代にかかわった宇都宮病院事件というのがあったが、在院者の平均年齢はそんなに高いものではないのに、3年間で222人も病院の中で死んだ。入院患者の証言では(やや誇大傾向のある人だったが)、朝食は一列になって立ってパンを食べさせられるのだが、精神科の強い薬を飲んでいる人は、呑み込めなくて窒息することがある。すると、院長が消毒もしていないハサミで気管切開をするのだという。

どこまで本当かわからないが、これだけ人が死んでいるとそういうこともあるのかと思った。

私の実体験としては、初めての精神病院の外勤先で受け持った患者さんだった。

16歳のときに万引きして、警察で意味不明な言動があったということで地方の精神病院に強制入院させられ、それ以降20年間、病院の外どころか、病棟の外に出たことがないという。その実兄が私の勤務先に入院していて、弟を救い出してほしいという要望のもと、私の勤務先の病院に転院してきたのだ。

精神科の患者さんは、人を殺しても、無罪とか、死刑にならないとか、病院に入るだけでいいのかなどと言われるが、逆に万引きでも終身刑のような時代があった。

今は、というと、こういうことへの批判が強すぎたのと、日本の医療財政の逼迫化があって、逆に入院させたい患者さんを入院してもらったり、入院が必要、入院希望のある患者さんがなかなか入院できないという問題がある。

うつ病で放っておいたら、まず自殺が予想される患者さんでも、入院ベッドがなかなかあかない。それまでそばについてあげられる人がいればいいが、そうでないことが多いから自殺者が減らないのだろう。

こういう人だって、病気が治ったら、あのとき、なんであんなに死にたかったのかわかりませんなどと言ってくれるのだ。

もちろん家庭内暴力で暴れる家族がいても、かなり意味不明なことばを吐き、精神病が疑われるケースでも、入院を引き受けてくれる病院は非常に少ないし、また強制入院の形でなく、本人の同意を採ってくれと言われることが多いはずだ。

意味不明なことを言って大声でわめき、周囲が恐怖を感じて警察に通報すると、警察のほうは、病院に連絡してくれと言わんばかりの態度をとるらしい。警察が引き取ってくれても、病院に電話して引き受け先がないと、すぐに解放される。もちろん、警察間通報でも、県によって違うかもしれないが、強制入院はかなり困難だ。

事件を起こしてからでは遅いのだが、傷害事件であれ、なんであれ刑事事件を起こせば、そこで心神喪失ということになれば精神科の病院に強制入院になるし、心神耗弱か完全責任能力なら刑務所に入るというのが現状だろう。

私のふだんの臨床である、老年精神医学の場は、もっと深刻だ。

認知症の場合は、統合失調症などと違って強制入院の歴史も手続きもはっきりしていない。

夜中に大声を出す程度ではもちろん強制入院の対象にならないし、「お金を盗まれた」と騒いで、毎晩3回も警察を呼んでも、これも対象にならない。暴力をふるっても、警察も精神病院も引き受けてくれないから、刑事告訴して、前述のような手続きで強制入院の方向にもっていかざるを得ない。

もちろん、気に入らない内容のことをJ-castのインタビューで答えたくらいで、医師会に通報すれば強制入院できる(このメッセージをくれた主は本気でそんなことを考えているのだろうか?)社会も恐ろしいが、心の病をもつ人がここまで入院しづらい社会(実は、アメリカも同じような状況だ)も、自殺大国であることや、人口の高齢化が進み、認知症が増えている(もちろん、認知症でこの手の問題を起こす人の絶対数は決して多くないが)わが国としては、少し困る問題ではないだろうか?

ついでに言うと、精神科の病院の入院アメニティ(入院のへやのきれいさや食事のおいしさ)は私の若い頃と比べると、格段に改善されていることも伝えておきたい。