今朝も起きたらわがVAIOがうんともすんとも言わない

昨夜はネットもつないでおらず、Wordしか立ち上げていなかったのに、それでも反応しないので、強制終了して立ち上げると、立ち上がらない。修復モードで立ち上げると、5分ほどして、システムを復元とかいうことにされて、待つこと5分。さらに再起動するが、本日は何かにつけて反応が鈍い。

CPUもメモリーも大きくても、ダメ会社が作れば、こんなものしかできないのかをあきれる。ここの会社はデスクトップは撤退するらしいが、こんな会社だから、最後はどうなってもいいとユーザーのことなど考えられないのだろう。

PCについて、わけのわからないセキュリティ問題ばかりが改善ポイントにされるが、ユーザーにしてみれば、仕事上のトラブルがないかとか、立ち上がりが早いかなどのほうがよほど大切だ。

結果のほうがよほど大事で、こんな風になるはずなんて聞かされても意味がない。こういうトラブルの可能性の表示をきちんとしてくれないと、買うときの参考にできない。

さて、結果責任として問題にしたいのは、やはり何といっても人の命だ。

15日の未明にもタクシーの運転手が佐藤賢吾という男に殴り殺されたが、最初の容疑は傷害、すぐに亡くなったので傷害致死ということで、逮捕された。

人を殴り殺しても、殺意を検察が立証できないと殺人で起訴できない。人を殺したければ、殺すつもりはなかったと言い張って、自首でもすれば、3年くらいで出てこれるのだ。

人を殺した結果責任から考えても、せめて殺意がなかったことを加害者が立証できなければ殺人ということにできないのか?

飲酒運転にしても、事故をふせぐのが目的で、厳しい罰則を課しているが、事故を起こすより、飲酒行為のほうが罪が重いので、かえってひき逃げや引き回し(これによって助かるはずの命が何人も奪われている)を誘発している。飲酒していても、はねた人が怪我をしていたらすぐに救急車を呼んだり、病院につれていって跳ねられた人の命が助かったり、怪我や後遺症が軽くなれば罪を減免したほうがよほど人の命は救える。逆に、飲酒で人を殺したら、殺人罪を適用すればいい。

しらふでスピード違反をして人を殺すより、飲酒して事故で人に怪我をさせたり車にぶつけたりしたほうが罪や行政処分が重ければ、起こした結果より、飲酒行為を隠す方向に走るのは、判断力が残っていたら合理的な行動だ(この手の判断力が飲酒していても残っているから飲酒死亡事故は年間400件しか起こっていないのだ)。

結果をよくしていこうという発想がよくならなければ世の中はよくならない。逆に結果にきちんと責任を取らせるほうが、多少は抑止力になる。

詐欺などは大金が儲かるのに罪が軽いから後を絶たないが、結果的に人が自殺したら、詐欺致死(さすがに殺意認定は難しいので)なる罪状でも作れば、10人くらい自殺者がでれば死刑にできる。そうしないとL&Gみたいに繰り返す奴が後を絶たないだろう。