また、お詫びをしなければいけないことがある。

飯島愛さんの件で、広い意味の自殺ではないかと推測したが、死因が肺炎と断定されたそうだ。

薬の過量服用があったという報道が間違っていたのか、過量服用はあったのかわからない。

この歳で肺炎で死亡するのは、かなり珍しいことなので、何らかの膠原病とか薬の副作用があったのか、免疫不全があったのか、あるいは、私の考えたように広い意味の自殺で薬を過量服用して、そのために誤嚥を起こして、嚥下性肺炎になったのかわからない。肺炎の症状が出始めたときに、なぜ救急車を呼ばなかったのか、それとも薬の過量服用のために、肺炎が進行しているときに熟睡していたのかもわからない。

ただ、私の断じ方が軽率だったことも事実なので、ここもお詫びしたい。

昨日は、朝の情報番組で、今は激安の飲み屋が流行っている話が出ていた。

一人1500円ほどで十分飲める立ち飲み屋や女性は喫茶店でお酒が飲める話などが紹介されていた。

不景気という文脈で、それと闘う方法として紹介されていた。

しかし、全国ネットの番組で、その番組の作り手は、地方の人間が、それをどのような気持ちで見ているかということにはまったく配慮がない。

東京の人間が1500円で飲めるのは、公共交通機関が発達しているからだ。地方の人間は、厳しい飲酒運転の取締りの中、飲んだところで、家に帰るために数千円のタクシー代を払わないといけない。

不景気の中、それでは月に一度か二度しか仲間と飲めないだろう。

そうでなくても、不景気で、仲間と飲んで憂さを晴らさないとうつになってしまう危険は大きい。最悪自殺も考えられる、日本の自殺は33000人。不景気で失業率が上がり、この手の憂さ晴らしができなければ、最悪5000人くらいの自殺の増加もあり得る。いっぽうで、飲酒死亡事故は年間400件である。

自殺は自業自得という人も多いが、精神科医の立場からすると、そんなことはない。誰かに話を聴いてもらえるだけで、それが防げることも多いし、実際はうつ病などが隠れていることも多い。アルコール依存もリスクファクターだ。

飲酒運転を取り締まったほうがアルコール依存が減ると思う人も多いだろうが、それは逆だ。

大勢で飲むほうが依存症になりにくい。家に帰って一人で飲んでいると、依存症になりやすい。

飲酒運転そのものの厳罰化を行ったときの死亡事故の減り方より、危険運転罪を制定した際のほうが飲酒死亡事故は減っている。飲んでいても気をつけてもらうほうが、少量(アメリカの3分の1の量で酒気帯び扱いを受ける)のアルコールを飲んだ人間を厳罰化するより、効果がある。泥酔運転でない限り気をつける能力は保たれる。というのは、アメリカの酒気帯び運転(日本の3倍の量)と携帯電話運転の操縦安定性が同じくらいという報告があるし、一般的な風邪薬と日本の基準の2倍のアルコール濃度の安定性では、風邪薬のほうが悪いという研究結果もある。

私は、飲酒運転を認めろと言っているわけでない。地方自治に任せろといいたいのだ。自殺が増えたり、アルコール依存が増えると、生活保護も増えるので、そうでなくても苦しい地方自治体の財源が逼迫する。

仮に厳罰化して、全国で400件の飲酒死亡事故が減ったとしても、100件程度、1県に直せば、2人程度だろう。

1県で2人の死亡事故を減らすのと、数百人の自殺やアルコール依存を増やすのとどっちをとるかは地方の人に判断してもらえばいいと言いたい。

もちろん、地方の人が前者を選ぶこともあるだろう。でも、後者を選んだ首長が当選しても、県警本部長は100%東京出身で地方の事情を理解しない警察官僚だということ、地元のたたき上げでないということが地方自治を阻害する。

これは地方自治対東京の警察官僚のマターなのである。