いつの頃からか、日本の企業は質の競争という発想を捨ててしまったようだ。

たとえば、スイスなどは、ある時期から安売り競争をやめ、ブランド力の競争をしようとした。

スイス最大の量産時計のメーカーSMHが、デジタル時計との価格競争をやめ、スォッチを開発したのは、80年代のことだが、それ以降もスイスはブランド力で勝負し、高賃金ながら、世界でもっとも競争力の高い国の一つになった。

日本だって、日本製であれば、ヨーロッパやアジアでは高くても売れた。

アメリカの場合は、安くしないと売れないが、前にも書いたように、日本製品は、2年落ち、3年落ちのものでも売れる。

第一、日本人自身が、アジアやアメリカの商品をばかにして、日本製なら高くても買っていたのだ。

それがある時期から、国際的な競争に勝つためと称して、従業員の賃金をあげるのをやめ、リストラをし、中国やほかのアジアの国に工場を作り出した。

中国やほかのアジアの国民にしてみたら、自分たちでも作れるものに高い金は払う気にならないだろう。

スイスは時計は、絶対に外国に工場を作らない。ブランドイメージを守ることのほうが大事なのだ。

かくして、日本は質の競争をおり、価格の競争、量の競争をしたために、ブランドイメージは相当低下したし、国民は貧乏になり、安くしないと買わない、安くなるまで待つ(たとえば、DVDのデッキが10万円を切るまで待つ)国民性になってしまった。30年前にVHSのデッキが売り出されたときは25万円で飛ぶように売れたのに。

経営者がバカだと、国のイメージは簡単に吹き飛ぶ

その上、外国ではブランドそのものに価値があり、それを守るのに金をかけるのに、日本はCIと称して平気で会社の名前を変える。

もう一度、国民に金をもたせて、豊かな国に見せないと、ずっと安売り競争を続けなければいけなくなる。

少子化対策にしても、量の対策しか論じられない。

数だけ増えて、ヤンキーみたいな子供を育てられない若い親が増えても、教育レベルはかえって下がる。

彼らが税金や年金を納めてくれるかどうかもわからないし、犯罪の可能性だって低くない。

実際、アメリカの統計を分析すると中絶が合法化されて、生まれるべきでない子供が生まれなくなって20年後の犯罪が激減したという。

子供の量を増やすより、生まれてきた子供の教育レベルをすべての子供について上げるほうがはるかに有効だ。

日本も量より質で勝負する国に戻ってほしいと本気で念じている。