昨日のテレビ朝日「報道ステーション」。


放送局が政治的公平性を欠く放送を繰り返した場合に停波を命じる可能性を高市総務相が述べたことに関連する国会質疑のVTRの後で、なぜか中島岳志・北海道大学准教授が先の大戦の話を持ち出した。


「先の大戦は勝てる訳がなかった」「空気によって突き進んでいった」と述べ、さも安倍政権が先の大戦に向かう状況と同じようだと言わんばかりの発言だったが、やみくもに”勝てる訳がなかった”と言うのは、まさに戦後アメリカが「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」などの工作により日本人に植え付けた論理そのもの。


“勝てる訳がなかった”というのはいつの時点を指すのか?ミッドウェー海戦以後はもう勝てる可能性は低かった訳だが、中島氏の発言は文脈から判断すると開戦時を指しているはず。


開戦時に勝てる訳がなかったのか。政府も軍部もしっかりとした分析を行っている。


対米英開戦直前の昭和16年11月、大本営政府連絡会議決定「対米英蘭蒋戦争終末促進ニ関スル腹案」では、米英との戦争はあくまで極東における資源供給源を確保することによる自存自衛が目的であり、戦線の拡大を防ぐこと、米の継戦意志を喪失させることを方針として決定するとともに、軍部内では3年以上の総力戦では「戦争の目途が立たない」(海軍軍令部総長)との意見が出され、2年以内の短期決戦で戦線をいたずらに拡大しなければ勝利することが可能との分析で、この通りに講和に持ち込めていれば勝っていた可能性があるわけである。


その他、「陸軍省戦争経済研究班」(秋丸機関)の報告書「英米合作経済抗戦力調査」でも、長期戦は厳しいが長期戦を遂行するために必要な行動についても分析がなされており、“勝てる訳がなかった”ではなく、勝つための科学的・合理的な分析がなされ開戦が決定された。

しかも、開戦時の海軍の艦船や装備は米軍と同等以上であった。


しかしながら、結果として作戦を誤り、戦線を拡大し、兵站を軽視し、大敗北につながった。開戦時の勝つための分析は、緒戦の勝利によって活かされなかった。


これが歴史の事実で、“勝てる訳がなかった”とやみくもに決めつけるのは、当時の状況の分析不足である。
こうした刷り込みもGHQが企図して日本人に植え付けられた戦後レジームのひとつである。