時間
宇宙のこと考えてたら1日なんて本当すぐ終わるわ。さらに厨二的考えが芋づる式にどんどん出てきて俺の脳がムダに発想と疑問の泉状態。
例えば時間の問題。
前から言ってるけど、時間に最小単位があるのかを考えると怖くなる。
もし時間の最小単位が存在した場合、この世の全ては静止の連続で出来てることになる。イメージ的には映画、テレビの「コマ」とかパラパラ漫画の1ページみたいな感じで、それだけ見てると静止してるけど、次の静止状態との連続で動いてる(ように見える)ことになる。人間の動作も音も光も「静止している」ことになる。
時間の最小単位が存在しない場合、運動するもののイメージはしやすくて今俺らがイメージしてる時間の概念に近い気がする。ところがこの考え方だと時間は永遠に進まなくなっちゃう。
具体的に、2011年12月31日23時59分59秒の次の時間を考える。日常生活的に考えると次の「時間」は2012年1月1日0時00分00秒で間違いないはず。でもこれは時間の最小単位を「小数点以下切り捨ての秒」と決めてるから。もっと細かくみると59分59秒の次には59.1秒があって、さらには59.01秒があって59.001秒があって...。
時間の最小単位が存在しないとこんな感じでいつまでたっても59秒台から先に進まないことになっちゃう。
そもそも現在便宜上使われてる時間の最小単位の1つにプランク時間があって、これは真空中でプランク長(説明ムズイのでググってください笑)を光が進むのにかかる時間なんだけど、この考え方も光が進んでること前提だから矛盾してると思うんだよね。
時間の最小単位が存在する場合を考えると静止状態と静止状態の間は時間以外の何かが流れてることになって、静止状態とその何かの断続的連続で俺らが考えてる世界は進んでることになる。でもその何かが静止状態に対して小さすぎるから時間しか感じられないだけなのかも。けどそれを証明するのはほぼ不可能だったりもするし...。
昨日からずっとそんなことを考えています。厨二的考えは誰がなんと言おうとやめられません。男のロマンってやつです。
to U
「なんとかなるさ」とか「まぁいっか」が好き。大抵のことはそれで本当になんとかなるからね。場合によっては最初から最後までバキバキに気合を入れていた時よりも物事がうまくいったりもするし。
「時の流れに身をまかせ」とか「川の流れのように」だとかいった曲が流行った理由もそんな感じだと勝手に思ってます。
でも人生は長い訳で、「なんとかなるさ」とは言ってられない時もたまにはあって。そんな時は男らしくバキバキに気合を入れることも大切。「なんとかなるさ」から「なんとかするさ」へと華麗に切り替える事が出来る人にならなきゃなと常日頃から感じている今日この頃です。
あの3.11の震災以降、自分の中の、社会の、何かが確実に変わってる。それと同時に何かを変えなければいけないという気持ちもずっとある。でもこれはきっと俺だけじゃないと思うけど、その「何か」とはどんなことなのかを見失って途方にくれたまま4ヶ月が経って、もうなんとかなりそうだ。まぁ大丈夫だろう。と心のどこかで思い始めてるのも事実。
時間の経過とともに辛い出来事を少しずつ忘れていくのは悪いことだとは思わないし、むしろいいことだと思ってます。いつまでもあの日の悲しさみたいなのが感情を支配してたら生きづらくてやってけない。だけどここで大事なのは忘却ではなくて消化によって忘れていくことだとも思います。ただ記憶を薄めていくのではなくて、見たこと感じたことを噛みしめて飲み込み消化して、新しい自分のエネルギーに替えていけたらすばらしいんじゃないかと。
このまま何年か過ごしたら東北の街は「なんとかなる」はず。きっと。積み上げられた瓦礫は綺麗に片付き、新しい建物が建って、人も住んで。でもそうじゃなくて「なんとかする」って気持ちを持ってたい。瓦礫を片付け、建物を建て、人が住むキッカケを自分もつくりたい。
今夏、東北地方に行きます。岩手、宮城、福島、どこに行くのか何をするのかはまだ決めてません。瓦礫撤去や炊き出し等のボランティアをするかしないかも含めて全くの未定です。ただもう行くって決めて宣言しないといつまでたっても「なんとかなるさ」で終わりそうなんで。
東北のため、困っている人のため、みたいな当たり前のことを言ってても一番の目的は結局自分のためになっちゃうのもわかってるつもりです。それでも自分のためがまわりまわってどこかの誰かのためになれば「まぁいっか」と思って行ってきます。
そして、一緒に東北に行ってくれる人募集中です。なんもわからない人、なんかしたい人、俺と一緒に東北行きませんか?正直1人で行くのは怖いんでね(笑)たのもしい仲間募集。
あと、こんなボランティアあるよ!とか、こんなツアーが出てるよ!みたいな情報も知ってたら教えてくれると助かります。お気軽に連絡ください。
長々と失礼しました。
最後まで読んでくれた人ありがとう。飴ちゃんあげます。
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瓦礫の街のきれいな花
健気に咲くその一輪を
「枯らす事無く育てていける」
と誰が言い切れる?
それでもこの小さな祈りを
空に向けて放ってみようよ
風船のように
色とりどりの祈り
愛 それは強くて だけど脆くて
また争いが 自然の猛威が
安らげる場所を奪って
眠れずにいるあなたに
言葉などただ虚しく
沈んだ希望が 崩れた夢が
いつの日か過去に変わったら
今を好きに
もっと好きになれるから
あわてなくてもいいよ
雨の匂いも 風の匂いも
あの頃とは違ってるけど
この胸に住むあなたは
今でも教えてくれる
悲しい昨日が 涙の向こうで
いつか微笑みに変わったら
人を好きに
もっと好きになれるから
頑張らなくてもいいよ
(to U/Bank Band)
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僕は思う訳です
さてさて。
6月30日にRADWIMPS絶対延命ツアーに行かせていただきました。
もうそれは夢見心地でしたよ。
いわゆるライブレポではなく、観てて思ったこと感じたことを忘れないように、備忘録としてここにつらつら箇条書き風に書きます。なので見なくてもいいです。というか、見てもわからないです多分。笑
・今回はとにかく燃え尽きることが目的だったから最前目指してグイグイ行きました。とはいっても最前から3列くらいは鉄の壁と化してしたので、センターやや右よりの前から4~6列目くらいにいました。風邪がうつる距離、汗と涙の粒が見える距離で洋次郎と桑を見れました。横アリでは2階立ち見だったんだけど、どっちがいいとかじゃなく、それぞれの場所でしか感じられない音とか空気があるんだなぁと実感しました。
・詳しい演奏技術とかはよくわからないけど、洋次郎の声の調子だけなら多分横アリの方がよかったんじゃないかなと思いました。だけど物理的な距離が近い分、直接どん!とくるものがありました。やっぱりどちらかが遠慮とか躊躇してたら永遠に近くには行けなくて、相手が門戸を開いてくれてるのならこっちもそこに踏み込んでいくべきなんだなと。RADWIMPSの私有地に土足で踏み込む勇気が出たのはあの距離だからだと思います。
・マニフェストを聴きたいと思ってたけどやっぱりやらなかった。6月30日ということで、去年マニフェストの発売日だったからもしかしたら、とおもったんだけどなー。
・あと、DADAでは「生きてる間全て遠回り」「近道探して」「少しでも楽に人よりも前に」「近道がしたいなら~..1、2の3で線路へ」て歌ってる。でも横アリのMCで洋次郎は「楽しい時間はあっという間」だって話をしてて。てことは人生の近道は線路に向かうことだけじゃなくて一瞬一瞬を思いっきり楽しく生きることでもあるんじゃないかなと昨日思いました。とにかく昨日のライブは間違いなくそれでした。
・メンバー同士のアイコンタクトがすごい印象的だった。誰かが誰かに目線をやるとすぐにその相手も目を合わせてニコってしてるのを何度も見た。バンドで演奏するのにアイコンタクトは
絶対必要なんだろうけど、ニコってするのは任意な訳で。昔なんかのインタビューで洋次郎が「RADは日本一メンバーの仲が良いバンド」って言ってたことがあるのを思いだした。
・印象的だったのはやっぱり狭心症。あの曲は2月にシングルで出した時と今とでは全く別の曲になった印象。3月9日に絶対絶命が出て、そん時にはもうツアータイトルは絶対延命にしようって決まってて。その2日後におっきな地震があって。そっから自分の中で曲の解釈が変わってしまった。
ライブでは意図的に歌詞を歌わないってことがあって洋次郎も例外ではないけど、狭心症では「好きなようにやっちゃって」のフレーズを歌わなかった。横アリでもZEPPでも。「雲の上の主」が「好きなようにやっちゃう」ことにしては今回の震災は度がすぎたってことなのか。考えすぎかもしれないけど。
・まだまだ書きたいことは山ほどある。
・でももうすでに止めるタイミングがわからない。
・途中から興奮してきて書き方変わってきたし。
・だからこの辺で止めとく。
・じゃあまた。
6月30日にRADWIMPS絶対延命ツアーに行かせていただきました。
もうそれは夢見心地でしたよ。
いわゆるライブレポではなく、観てて思ったこと感じたことを忘れないように、備忘録としてここにつらつら箇条書き風に書きます。なので見なくてもいいです。というか、見てもわからないです多分。笑
・今回はとにかく燃え尽きることが目的だったから最前目指してグイグイ行きました。とはいっても最前から3列くらいは鉄の壁と化してしたので、センターやや右よりの前から4~6列目くらいにいました。風邪がうつる距離、汗と涙の粒が見える距離で洋次郎と桑を見れました。横アリでは2階立ち見だったんだけど、どっちがいいとかじゃなく、それぞれの場所でしか感じられない音とか空気があるんだなぁと実感しました。
・詳しい演奏技術とかはよくわからないけど、洋次郎の声の調子だけなら多分横アリの方がよかったんじゃないかなと思いました。だけど物理的な距離が近い分、直接どん!とくるものがありました。やっぱりどちらかが遠慮とか躊躇してたら永遠に近くには行けなくて、相手が門戸を開いてくれてるのならこっちもそこに踏み込んでいくべきなんだなと。RADWIMPSの私有地に土足で踏み込む勇気が出たのはあの距離だからだと思います。
・マニフェストを聴きたいと思ってたけどやっぱりやらなかった。6月30日ということで、去年マニフェストの発売日だったからもしかしたら、とおもったんだけどなー。
・あと、DADAでは「生きてる間全て遠回り」「近道探して」「少しでも楽に人よりも前に」「近道がしたいなら~..1、2の3で線路へ」て歌ってる。でも横アリのMCで洋次郎は「楽しい時間はあっという間」だって話をしてて。てことは人生の近道は線路に向かうことだけじゃなくて一瞬一瞬を思いっきり楽しく生きることでもあるんじゃないかなと昨日思いました。とにかく昨日のライブは間違いなくそれでした。
・メンバー同士のアイコンタクトがすごい印象的だった。誰かが誰かに目線をやるとすぐにその相手も目を合わせてニコってしてるのを何度も見た。バンドで演奏するのにアイコンタクトは
絶対必要なんだろうけど、ニコってするのは任意な訳で。昔なんかのインタビューで洋次郎が「RADは日本一メンバーの仲が良いバンド」って言ってたことがあるのを思いだした。
・印象的だったのはやっぱり狭心症。あの曲は2月にシングルで出した時と今とでは全く別の曲になった印象。3月9日に絶対絶命が出て、そん時にはもうツアータイトルは絶対延命にしようって決まってて。その2日後におっきな地震があって。そっから自分の中で曲の解釈が変わってしまった。
ライブでは意図的に歌詞を歌わないってことがあって洋次郎も例外ではないけど、狭心症では「好きなようにやっちゃって」のフレーズを歌わなかった。横アリでもZEPPでも。「雲の上の主」が「好きなようにやっちゃう」ことにしては今回の震災は度がすぎたってことなのか。考えすぎかもしれないけど。
・まだまだ書きたいことは山ほどある。
・でももうすでに止めるタイミングがわからない。
・途中から興奮してきて書き方変わってきたし。
・だからこの辺で止めとく。
・じゃあまた。
消しゴム貸して
はっはっは。
もう更新しないとおもったでしょ?
するんだな、これが。
1ヶ月も更新してなかったのに
急に今日更新するってことは
なんかおもろいことあったのかなとかおもったでしょ?
ないんだな、これが。
自分はたまたまこのブログ読んだけど
全然更新されてなかったから
自分以外にこれ読んでる人いんのかなとかおもったでしょ?
いないんだな、これが。
はっはっは。
きっとまた会おう。
サラバ。
ありがとう
20歳になりました。
なってしまいました。
ありがとうございます。
そして、なんかすいません。
20年、思ったより短いな。
こうやっていつの間にか年老いてくのか。
最近、周りの人の有り難みを本当によく感じます。
支えられてる感じとかじゃないんだけど。
なんというか、有り難いなぁと。
俺は人を惹きつける特別な何かを持ってないから、人を繋ぎとめる粘着力がないから、こんなに人に恵まれるのをいつも不思議に思うんだけど。
よくよく考えれば自分の周りにいる人はみんな粘着力抜群なんよ。もちろんいい意味での粘着力ね(笑)
みんな粘着質でべったべた。
ゴキブリホイホイかと思うくらい。
俺に人がついてるんじゃなくて俺が人にくっついてる状態なんだなとつくづく感じます。
俺もそんなべったべたで粘着質な人になりたい。
あとは、嫌われる数と同じだけ感謝される大人になりたい。
もう大人だからね、
みんなにいい顔する訳にもいかないだろうし、かといって嫌われてばかりでもやってらんなくなるから。
なんか人のためになることをして、でもいっぱい批判もされてたまにヘコむような人生がいいです。
それが、夢です。
頑張ります。
それでは。
なってしまいました。
ありがとうございます。
そして、なんかすいません。
20年、思ったより短いな。
こうやっていつの間にか年老いてくのか。
最近、周りの人の有り難みを本当によく感じます。
支えられてる感じとかじゃないんだけど。
なんというか、有り難いなぁと。
俺は人を惹きつける特別な何かを持ってないから、人を繋ぎとめる粘着力がないから、こんなに人に恵まれるのをいつも不思議に思うんだけど。
よくよく考えれば自分の周りにいる人はみんな粘着力抜群なんよ。もちろんいい意味での粘着力ね(笑)
みんな粘着質でべったべた。
ゴキブリホイホイかと思うくらい。
俺に人がついてるんじゃなくて俺が人にくっついてる状態なんだなとつくづく感じます。
俺もそんなべったべたで粘着質な人になりたい。
あとは、嫌われる数と同じだけ感謝される大人になりたい。
もう大人だからね、
みんなにいい顔する訳にもいかないだろうし、かといって嫌われてばかりでもやってらんなくなるから。
なんか人のためになることをして、でもいっぱい批判もされてたまにヘコむような人生がいいです。
それが、夢です。
頑張ります。
それでは。
新しい出会いが夢を支えた
秘密の手紙を
空き箱に隠している場所
遠い日の記憶を覗いたら
近づいてる 10代最後の日までに
やり残した事がまだありそうで焦る
大人には なりたくないと思ってた
だけど感謝してる
Thank you My teens
歌うことばかり
くやしさも またすぐ歌にした
それだけでチカラに変えられた
友達には 少しでも よく思われたい
気にしてないつもりなのに見栄っぱりだ
新しい出会いが夢を支えた
だから感謝してる
Thank you My teens
大人には なりたくないと思ってた
だけど二十歳になる
Thank you My teens
訂正
やっぱやめた。
昨日の告知。
ふっつーのこと書こう。
「和田は何考えてるかわかんない」
とか、
「めっちゃ裏がありそう」
とかほんと色んな人に言われるから、じゃあ全部書いてやろうかと思ったけど、裏も表も、内も外もえぐって出してやろうかと思ったんだけどね。
いざとなるとそんな書くことない。書きたいことない。
案外裏表ないみたいだよ俺(笑)
うん。
でもアメブロはそのうちやめます。
Twitterに移行するかもだし、なんもしないかも。
ちなみにTwitterは
@wspt3でやんす。
まだ見る専門でやんす。
Twitterやってる人は気が向いたらフォローしてくれると嬉しいでやんす。
今日のこと。
今日は、電車で前に座ってた女の子が口を開けて寝ててよだれ垂れそうになって慌てて起きてて微笑んだ。
終わり。
-追記-
アメトーークでロッチ中岡が佐々木希の話してる。マジでウザい。佐々木希、かわいい。
死に際に、咲く
いちいちかわいい子っているよね。
一挙手一投足が、かわいい子。
あぁゆう人ってきっと何しても「かわいいから許す!」ってなっちゃうんだろな。
まぁ仕方ないよね、何してもかわいいんだもん。
なんてことを考えてます。
告知です。
明日から、書きたいこと好き勝手書きます。
包まず、思ってることを裸のまんま書きます。
ちゃんとした文章になるかわからんけど。
そんで、よしもう満足や!ってなった時点でこのブログ終わり。
にします多分。多分だけど。
死に際に、咲く。
深い闇に 夜明けが来る
mixiにも書いたけど
今日の帰りの電車で両サイドにオカマが座ってきた。
片隣に オカマが座るだけでも珍しいのに両サイドに。
しかも見た目でわかるあきらかなオカマ。
オセロだったら危なかったわね。
オカマの話の後でなんだけど
今日で地震から2ヶ月。
多分この2ヶ月の間、震災のこと考えなかった日はないと思う。
テレビつければ毎日報道してるし電車は街は節電だし。
東日本で生活してる以上やっぱりなんかしら影響あるわけで。
今は静かに
でもメキメキ進んでる時だと信じたいっすね。
3月末くらいの日経新聞の震災特集記事の見出しが「3度目の奇跡」だった。
1度目は明治維新後の日本の成長。
2度目は第二次世界大戦後の復興。
そんで今回の震災からの復興で、3度目だそうな。
復旧じゃなくて復興である大切さ。
ひしひし。