ワッチは、傷だらけの子犬をほうっておけなくて、なんだかんだ言っていやがる子犬をちほちゃんの家へ連れて行きました。
ちほちゃんは、突然のことに驚きながらも、子犬を病院へ連れて行って、お医者さんに傷をみてもらいました。そして家に帰ってから、お医者さんにもらった薬をぬったり、飲ませてあげたりして、てあつく看病をしてあげました。
子犬はちほちゃんに、お医者さんに、看護師さんにと、たくさんの人間に体を触られたりしたせいか、今までの疲れがどっと出てしまって、いつの間にか深い眠りについていました。
ワッチは、ぐったり眠る子犬を心配して、子犬が起きるまでずっとそばについていました。







子犬がやってきた翌日からちほちゃんは、仕事が終わると警察や保健所や市役所などを回りました。
しかし、子犬の飼い主は見つかるはずがありません。子犬は心ない人間に捨てられた犬なのです。

「…きみみたいな小さな子犬を捨てるようなひどい人がいるなんて考えたくないけど…。とにかく、今日から一緒に暮らそうね。待っていれば飼い主さんが来てくれるかもしれないしね」









子犬がちほちゃんの家に来てから、もう3日たっていました。
子犬はそうとう疲れてしまったのか、いまだに眠ったままです。

「かといって、このままきみのことをきみって呼び続けるのもへんだから、名前をつけようね」

ワッチは、どんな名前をつけてもらえるのか、自分のことのようにどきどきしていました。

「…そうだ! デッチにしよう!」

ワッチは、どうしてデッチなのかわからず、首をかしげました。

「丁稚どんみたいだからデッチ! はちまきとか竹ぼうきが似合いそうだし!」

ワッチにはさっぱりわかりませんでしたが、自分の名前と少し似ているのでちょっと嬉しくなりました。









「デッチだって。ぼくのなまえとにてるね。きょうだいみたいだね。よかったね」







「…デッチ?」


ワッチがささやいてからすぐに、デッチと名づけられた子犬がぱちっと目を覚ましました。


「デッチ! おきたの? からだはだいじょうぶ?」

「……!????」

「あっ! デッチ!」


デッチは、おきぬけにいきなり部屋中を全力で駆けだしました。
まるで何かにとりつかれたように、ばたばたと、そこらに置いてある物を蹴散らしながら走ります。
ワッチは、突然のことにあっけにとられてしまい、走り回るデッチをぼーっと見ていましたが、しばらくするとデッチは急に走るのをやめて、くりっとワッチをにらみました。





「ワッチ!! デッチってなんだっ!!??」

「…えっ? なんだって…きみのなまえだよ?」

「なまえ!? なまえ…、なまえ…」

「デッチ?」

「やっ! やめろ! それをいわれると、あたまがいたいっ!!」

「あたまがいたい? だいじょうぶ? デッチ」

「うわー! やめろってばー!」

「あ、ご、ごめん! ちょっとちほちゃんよんでくる!
ちほちゃーん! ちほちゃーん! デッチがあたまいたいってー!」





「ぐわあああああああっ!」


デッチは苦悶のおたけびをあげると、そのまま気絶してしまいました。


ハロルドのお告げがないうちに、デッチの脳の中で何かが目覚めようとしています。
デッチが、この原因不明の苦しみから抜け出せるのは、もう少し先のお話になります。
そしてデッチが、この苦しみから抜け出すことができた時に、今度はワッチが苦しむことになるのです。
よく晴れた日の午後のことです。
あの嵐の事故から奇跡的な生還を果たしたワッチが、海岸をひとり散歩していました。
柔らかい砂が、歩くたびにふかふかと肉球にやさしくて気持ちがいいです。






ワッチは、ほどよい湿気をふくんだあたたかい風に吹かれながら、岩場の方へ歩いていきます。
岩場にあがると、岩と岩の間から小さなカニ出てきました。
ワッチが鼻を近づけると、カニはすっとハサミをふりあげます。


「これ。らんぼうはやめなさい」


どこからか、カニをさとす声が聞こえました。
ワッチはキョロキョロとあたりを見回しました。
ワッチは、岩場の先に、こちらに背を向けてチョコンと座っている1匹の犬を見つけました。
犬は、静かに釣りをしているところでした。


「ワッチ。ちょっと、こっちへいらっしゃい」

「…きみは、だれ?」


ワッチが犬にたずねると、犬はゆっくりとふりむきました。
犬はしばらくワッチをながめたあと、急にフハハと笑いだしました。


「アタシのことを知らぬ犬は、おまえさんくらいのものだよ。まぁ、いいから、こっちへいらっしゃい」


ワッチは首をかしげながら、謎の犬のもとへ歩みよりました。


「おまえさんの手柄は聞いた。アタシよりも小さいそのからだで、よくやった」

「てがら?」

「嵐の日に人間を助けたろう。ま、その人間は死んでしまったがな」

「………」

「そんなことより、おまえ、魚と話ができるそうじゃないか。ちょっと呼んできてくれないか。さっきからちっともひっかからない。アタシは今日なんにも食べていない。おなかがすいてたまらん」

「そんなことできないよ」

「ウフワハハハ! 命を2度も助けてくれた魚に恩がある。そんなことわかってる。アタシは何でもわかってる。おまえの新しいご主人となった人間が、もうすぐこの町を出て行こうとしていることも、まだおまえも知らない、おまえの未来もな」

「…ぼくのみらい??」

「おまえのご主人はこの町を出て行かないこと。そしてじきにおまえの仲間があらわれること」

「??? …きみはなにもの??」

「ウフフフ…。みんなアタシのことを“あめさま”と呼ぶ。しかし、おまえには“あめちゃん”と呼んでほしいなぁ」

「あめちゃん」

「ワッチ。アタシはそろそろここを立ち去らねばならぬ。アタシの姿が見えなくなったら、すぐ後ろを見ろ。あっ。あと、アタシはだいたいここにいる。アタシを見かけたら、あめちゃ~んとひとこえかけろ」


あめさまは早口でこう言うと、一目散にどこかへ走り去ってしまいました。
ワッチはわけがわからないまま、とにかく姿が見えなくなるまであめさまを見送って、見えなくなった瞬間に後ろをふりかえりました。


























ワッチがふりむいた先にある防波堤の上に、1匹の子犬があらわれました。
子犬はひどく息を荒げていて、うす汚れた体は傷だらけでした。
子犬はワッチの顔を見つめながら、ゆっくりと近づいてきました。
そしてワッチの目の前までやってきた子犬は、荒々しくこうたずねました。


「おまえはだれだ!?」

「ぼくはワッチ。きみは?」

「おれに名前はない。おまえが気になって来たんだ」

「あ。ぼくの仲間って、きみのことかしら」

「なかま? なかまってなんだ!?」

「ともだちのことだよ」

「おれはおまえとともだちになったおぼえばない。おれのともだちはたすくだけだ」

「これからなるんじゃない? よろしく」









「なんでおまえとともだちになるんだ」




「さぁ」





本当はここでハロルドがワッチと子犬にお互いの運命を教えるはずだったのですが、
ちょうどこの時に神様と話し合いをしていたので、ワッチと子犬はわけのわからない出会いを果たしてしまいました。

ということで、ワッチと子犬がお互いの呪われた運命を知ることになるのは、もう少し先のお話です。
「ちきしょう! おまえにまかせたらこのザマだっ! どうしてくれるんだ!」

「ハロルドくん、きみだけだよ。この世でわたしをおまえなどと呼ぶのは。わたしは神様だぞ」


天国では、ハロルドと神様がもめていました。
先日ハロルドがワッチミーを殺そうとして呪いをかけたところ、なぜかデッチランドにもその呪いがかかってしまったことをハロルドは怒っています。


「しかたがなかろう。2匹とも同じ魂を埋めこんであるんだから」

「だからどうしてそんなことをしたんだ! おれの魂がおさまるくらいでっかい犬ができるまで待っててくれたらよかったんだ!」

「それはできん。魂は鮮度が命じゃ。出したらすぐ別のものに埋めなければならない」

「なにが鮮度だ! おれの魂はもともと腐ってんだから関係ないだろう!」

「あははは。うまいことを言うのう、ハロルドくん」

「わらうなくそじいい!」

「おっと。わたしは神様だよハロルドくん。神様は男でも女でもないのだ」


ハロルドは、マイペースな神様と話しているのがだんだんバカらしくなってきました。


「あ、そうだ、ハロルドくん。ひとつ言い忘れたことがあったのを思い出したよ。実は2匹にはソールコードというものを持たせてある。そのソールコードで名前を呼べば、ハロルドくんの思うままに2匹を動かせることができるのだ」

「…なんでそんな大事なことを忘れていたんだ!」

「思い出したんだからいいじゃないか。いいかねハロルドくん。わたしは一度しか言わないからね。よく覚えておくんだよ。まず、人間界で“ワッチ”と呼ばれているチワワが“ワッチミー”だ。そしてきみのお気に入りのチワワが“デッチランド”というんだ」

「そのソールコードをおれが呼ぶと、おれの言いなりになるんだな?」

「……んまぁ、ハロルドくん以外の者が呼んでも反応しちゃうんだけどね」

「おまえ! ワッチミーなんて、人間がつけた名前にめちゃめちゃかすってるじゃないか! うっかり人間がソールコード呼んだらどうするんだよ!」

「大丈夫じゃよ、ハロルドくん。少しはおちつきたまえ。ソールコードだけ呼んだってしかたないじゃないか。何をしてほしいのか命令をしなければ、肉体は機動しないのだよ」

「…ふん! まぁいい。わかったよ」





ワッチミーとデッチランドの肉体に隠された秘密の仕組みを、2匹が知るのはまだまだ先のお話です。