鰻の寝床



建設的に話すには


象やキリンを家に入れるくらい


広い心の間取りが


話しやすくしてくれる


広い寝床が欲しい


広いキッチンが欲しい


広い風呂場が欲しい


広いところでいい考えや構想が生まれてくるものだ


広い家も金次第


山や、湖を買って


一軒家で過ごすことは楽しい


それを味わうのに


フランス料理のフルコースを我慢したり


百万ドルの夜景を我慢したり


ロックフェラー・センターでスケートするのを我慢したり…


まった!我慢しなくていいのだ


経験は必ず理想の構想の肥やしとなる


いつか、広い土地と家が手に入る


そこで広い心でことにあたっていけば


元手はとれるようになるものだ



リスクは災害、勘違い、孤立などで脅かされやすい。日本では。外的なこと内的なこと見えない心とかでかさばる。寝床でぐっすり眠れるように広いところに住みたい、元手をとるならやはりリスクを選ばなきゃ駄目なのか、真面目に考えて順調にいくことを願いつつ生きれば、必ず思った通りになる。



口八丁手八丁



一生懸命生きても


迷うことは必然的で


だまされながら生きていく


それに対してならなにがなんでも


あきらめない


前進し続ける


先の先を考えてでも今を生きる


でも考えるのをやめて今を生きる


何かが分かってきて生きていく


ときどき死にたくなる時があるけど


それは大抵気が迷っているからだ


そんなときは笑っていこう


理屈なく大いに楽しんで


そして休んでまた今を楽しんで生きていこう


自分が何か足りないせいだと思ったら


世界的に有名なものを売ろう


売れば周りから嬉しくなる


自然といいものをシェアされて


生きやすくなる


自分は説明できるほど単純じゃない


そんな自分を助けるのは自分だけど


自分が自分でいられないと思うから


コトバを何も考えずに砂のマンダラにするんだ


書いては消し書いては消し


デジタル社会ではどんどん上乗せするから


作品が見えないけど残るから


詩人になるなら使った言葉に未練を残さないことだ


作品は心に繋がるものだから



心という見えないものを狭い広いと断定したくない。そう思うから詩人になる人も多いだろう。心から出たものが詩になればいいけど単語の意味は自分で自分なりの単語の意味になることが望ましいだろう。自分は「個人」にも「私」にも「彼、彼女」にもなるだろう。