一難去ってまた一難   



やんなっちゃうなもう


それは言わない約束でしょ


それを言っちゃあおしめぇよ


押して駄目なら引いてみな


くっちゃねくっちゃねはよくない


ゆっくりはやくしな


出たとこ勝負で


寿司食いねぇ


社長出勤


そうこなくっちゃ


ベビーブーム


ごめんですんだら警察要らない


おあとがよろしいようで



詩は普段当たり前に使ってる理屈に少しスパイスをあたえるものだ。しかし、そのスパイスの隠し味に気づいていつもとちょっと違うなと思われて初めて冥利に尽きると感じ入るものだ。いわゆる「おふくろの味」を目当てに店に通って… 今、新型コロナのせいで店をたたむところが多いから、この先どうなるだろう?と、朗報がないまま、サンドイッチとおにぎりで昼食を迷う人もいるだろう。でも栄養士という肩書きを持つ人がいれば、救われる。愛妻弁当が結局いいのだけれど…。



上には上がいる



傷害を受けて障がい者になった


身体だけじゃなく心も


一人一人タグをつけられるような診断を受け


市役所からサービスをもらって


整備が整ったところで


障がい者はこんなイメージです


つまり言っても言っても治らない


障がい者が思うのは


無理に上に立っても孤立するだけ


でもそれも理解してる


だけどそれを忘れないと今を生きられない


寄り添ってくれる人を内心尊敬している


でも声に出せない声にならない


もどかしくて感謝は表現しづらいが


宇宙を愛してることは間違いない


宇宙がなにか分からなくても


世界が辛くあたっても



生きづらさにライトアップされていて、障がい者は健常者にどんな尊敬の気持ちを持てばいいのか健常者は障がい者にどんなふうな尊敬の念を抱くのだろう。きっと当事者には分かることなんだろう。健常者には健常者なりの気持ちがあって、障がい者には障がい者なりの気持ちがある。何が共通点で何が相違点なんだろう?気づきとか発見の毎日だったらどんなに面白く生きられるだろうか。