三顧の礼
戦争が終わり段階の世代が終わりに近づき
今、初転法輪の時代に何をすべきか
どんな景気にすべきか
軍需産業景気はよくない
総中流社会に生まれ
「平等」とは何かを義務教育で教わった心の豊かな時代
「差別」ができた今の心の貧しい時代に変わり
だってしょうがないじゃん
面白くもない、人の犯罪のニュースばかり流れて
ひきこもり、心の病気が負の連鎖をつくり
でも決して病気のせいではない「差別」とはどう向き合っていくのか
一人一人が考えて人それぞれの初転法輪を時代にして
何もできなくてもいい
親には親への態度
先輩には先輩への態度
後輩には後輩への態度
友達には友達への態度
先生には先生への態度
これだけ並べてみると少し差別してるように見えるが
大人には大人に対する尊敬の念があっていい
年寄りには尊敬の相応の接し方があって
そこから国は襟を正す
国の出方を待ってたら遅い
国民一人一人のファーストオピニオンがあっていい
この際政治なんてセカンドオピニオンだというくらいの気持ちがあっていい
終身雇用の時代も終わり
一つの得意なことをしないとならない時代
それはまさに高齢者の書斎であり
若者は親の書斎をつくってあげることができない
でも可能性のあるかぎり書斎をつくることを諦めてはいけない
やっとこさ書斎ができて、1日、2日親が気に入って
数日後亡くなっても悔いは残らない
これが「もうちょっとやってみる」の精神だ
一人一人の個性は孤独になっても持ち続けられるほどの徹底がなされるべきだ。時代が繰り返すといっていじめ、嫌がらせがあってはならない。ゆとり教育が学力の低下がみられるからといってもとに戻すなんて愚にもつかないとしか思えない。学力と心とどっちが大事だ。働き方改革より生き方改革が個人個人に必要だ。
過ぎたるは猶及ばざるが如し
荒涼たる砂漠で
オアシス求め
らくだと歩く
水筒の水はとっくに無くなり
しかしオアシスは一向に見つからない
口のなかが熱い
方向はこれでいいのか
水分が失われてゆく
らくだがついにどうと倒れ
途方にくれる
気の振れるほどの絶望のなか
気が振れてらくだを捨てて歩く
笑ったり むすっとしたり 怒ったり
感情的になるほど楽しくなり
ついに蜃気楼の街が見える
方向性だけ確かだろう
なぜ砂漠を歩いてるのか分からない
しかし人を見つける
頼る心だけはまだ残っているらしい
水がほしいとその人に頼った
精神的にもまいっていたので
水を飲んだら安心して倒れてしまった
僕だったら10分するかしないうちに死なないようにいろいろ準備をするだろう
そんなことを思い巡らせてくれる「アラビアのロレンス」に感謝だ
あのクソ長い映画を感情移入して観ると発狂しそうになる。でも、詩人にとって砂漠というものがどんなものかが分かる。人ひとりと砂漠、道は砂に飲まれ方位磁石が頼り、人と会うほうが奇跡だ。「バイオハザード」でもいいけど何かと闘うことは何かを守る気持ちで闘う、人間が気持ちが狭くなっていくというのはこういうことなんだということをうかがい知れるというものだ。ゾンビはウイルス目がおかしいカラスは変異種だ。少々こじつけだけど、映画を観て現実を俯瞰するのもけっこうなことだ。