子はかすがい
親は癒しと踏み台
どっちもしたくないという優しい君は
親とは道具みたいなものだろうか
使い捨てできないから
角突き合うための後悔無しの心の使い道
まとめて言えばケンカ相手
でもそればっかりじゃ飽きてくる
頭を使うのは違う道
信じ合うのはまだ先で
うたぐり続ける毎日で
おのれ自身のスタイルを
身につけるためにいぶかり悶え続けるけど
いつか自分とはなにかくらいは分かってくる
自分を信じることは容易ではないけど
それは人を信じることと同じくらい価値がある
生き続けることは死ぬまでできるから
心の中に宝物があるか探してみよう
自分は何をしているのか自分に問いてかけてみよう
人生に無駄なことは何一つないのだから
考え続けて自分のしたいことだけできるように
探そう
自分のできることを小さい時から目覚めて道を作り続けよう。大人になるためのステップだ。自分はしたいことだけをしたいというならそれはどういうことが自分のしたいことなのか、自分のしたいことに繋がるのか、心から感得することが必要だろう。もしできなかったらじゃなくて、もしできたならを毎日模索しよう。何を得ても捨てても自分の絶対を貫こう。
三つ子の魂百まで
どんなに悪いことだって
栄えるためしはないけれど
何が「悪」なのかわかるようになる
100歳まで悪いことができれば
若く居続けられる
それには美学が求められる
カジノで盗んだ札束抱えて逃げて散る
金持ちから金を盗んで町にばらまく
人の心に訴えるような悪人を誰もが待っている
子供の頃から美とはなにかを探り続ける。早ければ早い方がいいのかもしれない。日本があえて西洋の真似を求めたりしてサッカーなどするのは、それに美を求めたいからじゃないだろうか。自然にしょっちゅうさらされてる日本人はそこに「美」を求めてマンガなどほかにも独特なデザインが認められて、スポーツだと「ファインプレー」が心に刻まれる。それで楽しめるのではないだろうか。