日々是好日
毎日は悪い夢からもいい夢からも目覚めて起きることだ
そして日々をながめる
良い気分のときは嬉しく思う
悪い気持ちが起こったときはことわざを思うことだ
昔の人もこう思ってたんだ
たいがい「急がば回れ」だけど
一回、「勧学院の雀蒙求をさえずる」なんて言ってみたい
けれど理屈の決めゼリフとどや顔でことわざなんて使う気がなくなる
大学をでれば理屈くらいは出来上がるらしい
実際そんな気のするシーンに遭遇する
会話のはしばしに理屈は出てくるけど
相手は果たして僕を見下しているのか
尊敬してるシチュエーションというのは大体分かる
僕を見下している気のすることも分かる
でも年下にパワーで持ってかれることもある
中国の「大学」をみれば
「子となっては孝をつくす」
「父母となっては子を慈しむ」
「友と交わっては信義を守る」
とある
形だけで気持ちが伴っていないと
おかしいんだけど
僕はなんの気なしになってしまう
そんな僕を嫌う人もいる
僕は時間と気持ちに費やしていた
今では時間も気持ちもない
でも不立文字
心はせめてピュアでいたい
毎日夢を見るか見ないかのほかに、夢を見ても悪い夢といい夢とある。細かく言うといい夢を途中で終わらせてしまうとか悪い夢でも途中までで終わって後味がないとか。広い器であれば夢は夢だと割りきれるんだけど、少し心に余裕がないと、現実さえ悪夢になりえると思って作業にも行きたくなくなると気が塞いじゃう。でも失敗だらけだった学校や社会は「胸を借りる場所」「基本と応用」「練習の場所」。未来は定年と寿命を迎えるから、往年の自分を振り替えられる時間が人生の後半有っていい。
過ぎたるは猶及ばざるが如し
時間は過ぎ行く
途中横切る
スクランブル交差点で
みんなが同じ時間を共有する
自動車が往来するところで
みんなが待つみんなが進む
獣道からアスファルトの上
行き交う手のひらの汗の懐かしき
片手に盾じゃないバソコンバッグをもち
違う手に剣じゃない各々の気持ちを携える
見た目では性格なんてわからない
アニメにしたら分かりやすいんだけど
人とシンクロするのは交差点で個人個人の歴史があることに気づくきっかけだ。この道(文字どおり)何十年の人と語ったら思い思いの思い出が聞ける。それは毎日の積み重ねで、トレーニングのようなものだ。そんなことをアニメにするなら深層心理を掘ってダイヤの原石を見つけることが貴重なことに腐心、没頭するよりチャーリー・ブラウンが広場を奪われても階段にゴルフボールを打ち付けているだけで怒ったりしないことを引っ張り出して比較することよりも少し機械的だ。