サッカー、テニス、レスリング、アーチェリー、等々、もともと日本になかったスポーツが人気なのは、端的に言ってしまうと、それに「美」を感じているからだ。男が女の「美」を感じて女性パフォーマンスをしたり、悪に「美」を感じると悪を掘り下げて考えるとか、笑いに「美」を感じると自分で人を笑わせようと考えて美しい笑顔を見たいと思って才能と努力で気持ちを練ることをしたり、障がい者に「美」を感じて四肢に障害がなくても、車イスに乗って車イスバスケ、車イステニスをする一般人がいる。ブラインドサッカーだってそうだろう。世界は広がる。見ないで過ごす、異性の気持ちを知る、座ってスポーツをする、悪に触れて人の根元に考える、善も同じ。柔道や剣道、空手などいわゆるお家芸は自然と「美」を感じるのではないだろうか。自然の、四季のうつろいを敏感に感じる自国だから、自然や四季の「美」が独特の、海外生まれのスポーツにするのだろう。
和魂洋才
基礎から応用を
素人から玄人へ
アマからプロへ
国独特の基準があって
その国独特のスポーツのスタイルになる
さまざまないと面白くない
逃げ腰ばかりじゃ決まらない
美学の萌芽は一人ずつ
ちょっと足腰が崩れたのを感じて
技が決まったり
心眼はあると僕は和洋問わず思う
心の置き方次第で勝負はつくのだ
試合の相手と対峙しているとき時間は体力を消耗させる。そこでだんだん隙が見えてくる。人生だってそうだ。「この人早くやらないかな」と思って持久戦に入る。結局試合は時間切れ、ますます持久戦になる。肩で息してる相手は明らかに疲れているから、その時は、制するのはたやすい。積極的に動けば必ず勝てる。しかし、肩で息してる人と試合するのはごめんだという美学を持っている人は最初から見切って短期決戦にするだろう。
先見の明
イメージが
現実になろうとするとき
心のなかでなにかが合致する
あの子に向けた手紙をくちばしに飛び立った鳩が
返事を咥えて帰ってくるように
働いた分見返りが望めるのなら
なんだってする
ただその前に相手を知ることは不可欠で
何かのサインにすら思える独自の目印を辿る
たどり着いた先には夜の灯火があって
あの子は返事を鳩に任せて
祈って回覧の場所で待つ
「待たせたね」「いいえ、こちらこそ」