天職とは、端的に言ってしまえば、長く続けられて、上達が見られて、どんなことがあってもなんといわれようと世界にひとつだけのものが自分でつくられるブームがあっても終わって収束してもつくり続けられるというのが天職だと考えます。学校で習ったことでは必ずしもなくてもいい、欲望を超えたある意味ストイックなものでも、人間のつくる先端をゆくものでもなんでもいいから燃やされても続けていかれること。反対に天職があると思えない人もいるだろう。いつも心に人間関係に仕事でも振り回されてなにがしたいのかわからなくて辞めることになり、転職をたくさんしたり。どうやって天職を見つけるだろう?それが「道」と思えば気持ち救われるかもしれないけど本当にやりたいものなど見つからないのかもしれない。なぜ足し算よりかけ算を先にするのか僕にはまだ分からない。数学だったら公式があるけどどういう理由でその公式があるのかを瞬時にわかって人に伝えることができなきゃ意味がないと思う。



餅は餅屋



粘り腰の意味が分からない


外にいけば分からないことだらけ


ただ慣れていくことを覚えるだけ


何もしらないという初心をひっさげて


大人だから仕事をする


子供の頃に作った繊細なフレンドシップなどとうに切れて


義理堅いやつが


「お前のことは嫌いだ」と


言われるのを待つだけ


でも待っても動いたら言いたいことが


みんなにある。


ただそれを忘れてしまうのが気がかりで


誰とも会いたくない


人間嫌いにはたして過去を思い出すことは健康なことなのか


それとも病気なのか


世界は沈黙を守って


何かを生み出すことができるがゆえに


人間のたくましさを


人間がその目に見るのである



スピリチュアルとか、そういうのじゃなくて第六感が必ずしもなきゃだめだ、そういう世の中になったんだというならこの、脳みそを少ししか使ってない人間という生物に教えて世の中を少しでもよい世の中に誰もがパイオニアになるチャンスはおとずれている、だからふるい分けして大きい角砂糖のような平和の強い在り方を政治家なら一般人に示して導く役割を自らに課すことに恐れを抱いてはいけない。カジノが第六感を鍛えるなら作ってレジャーの一翼でもいいから作ることは人間の第六感や第七感に刺激を与えることに有益だと思う。



蓼食う虫も好き好き



さかのぼりが好きな子が


今度は空中さかのぼりに挑戦しようと言う


一方、生き物係だから、私は飼っている鶏にエサを飼いにいくわと言う子もいる


学校は勉強ばかりが全てではないと


いい高校に大学に入るために勉強するのを


やめたら


どんなスポーツマンが生まれるか


どんな動物園がリニューアルされるか


しかし、それは「好き」に限定される


しかし、しかし、「好き」を増やしてもいいんだ


世界とはなにがなんだか分からなくても


分からないのを教わるのが学校だと


教えてくれる学校は今どのくらいあるだろうか


不釣り合いな人間関係に悩むことは


学校が教えてくれなかったせいで


自分のせいでは決してない


学校がいやになることを覚えたら


社会を嫌いになった社会人に疑えばいい