精神科の先生は


毎週顔見せるのも治療だよ


と言う


皮膚科じゃ肌を見せて服を着るけど


心に服を着せることはできるのだろうか


嘘に嘘を重ねて心をガードすることはできるけど


嘘をまとって脱ぎ方を忘れた


不安になる


それでも思いやりは口をついて出ること


昨日分かった


人間思いやりがすべてだ


昨日思いやりを言えたのだから


今日も明日も言えるに違いない


マージャンは下手だけど


徐々に分かってくるのと同じように



人によって接し方を変えるんじゃなくて嫌いな人にも思いやれるゆとり、これが大事だろう。やっぱりゆとり教育は間違っていない。学力なんて下がっても優しさは増える。学力がすべてだとはたして言えるだろうか?ゆとりの時間に親とピクニックに行って思い出を増やす、じゃあ学校はなんのためにあるのかと言われれば、分からないことがあるから行くという答がある。「学ぶ」ということは必ずしも力ばかりで覚えるものじゃない。答などたくさんあるけど個性、その人らしさをシンプルに自分で気づくこと学校にいけば全てが社会で経験する二重膜の内側であって、例えば「死ね」と言われても相談するというひとつの社会勉強なんだととらえるのが学校の機能を使う学び舎なんだ。社会に出ても自信を持ってひとつ膜を破ったという成長という大切な通り道を通ってきたと言えばいろんな、助け船や質問や自発性とか方向のたくさんある社会人になれる。そうして成熟してゆくことができる。



安心立命



むずかしい問いをくれ


僕には解くことができるからできるから


貴女を夢見るから


簡単な問いじゃ退屈だぜ


貴女に見合った問いは難問に違いない


どうしても時間の許す限り問いはあるけど


貴女は永遠だ


塀の内側の鉛色の日々


僕は動けないだけ


風通しのいい空間で


貴女は立っている


貴女に近づこうとすればするほど


老いてゆく


分かっているから


天文学などするんだろ


悠久の時間に


そんなことを想ってみる



ロマンスには時間はかからない。なぜなら夢見る人には年齢を感じないから。若くて現実的な

人、年老いるとロマンチックになる人、時代や世代を理解し合うことで群れ集まりは成り立つけど孤高の人に魅力を感じることもある。年齢を感じさせない、そんな人になりたいと思うから「時間は悠久だ」と思いこもうとするのだろう。


少年老い易く学成り難し