歴史に絶対なんてないと思う。
人間の客観性は完璧ではないし、
どんな歴史も見た人、体験した人、生きた人、
いろんな人が自分の主観を含んだ上で
伝えてきた、または伝えられて
来たものだと思う。
だから韓国と日本の歴史も
何が100%ただしいとか
何が100%真実だとか
言い争うことに意味があるのかなと思う。
それぞれが生きてきた社会の中で
植え付けられてきた意識が
全くちがう同士
お互いを批判しながら
自分たちがただしいと主張しあうより、
お互いの意見のちがいに耳を傾けて
知ろうとすることから
始めないといけないと思う。
歴史問題が文化になって
教育になって意識になって
またあたらしい歴史になって
憎みあって否定しあって
いつまで続けるんだろう。
責められて言い合って
思ったのは
否定するまえに理解しようと
する人でいたい。
自分の常識も習ってきたことも
疑える人でいたい。
それで間違ったことがあれば認めて
知識を深められる人でいたい。
憎むよりも愛せる人でいたい。


