昔の犬の名前といえばここ掘れワンワンのポチとかボコボコに殴られた翁丸とかだったワケですが、明治時代に洋犬の輸入が拡大するとともに洋風の名前も普及。

血統書に記された名前をそのまま用いるケースもありましたが、それっぽい横文字をつける場合は外国語の知識が必要となります。犬の名前なんか何でも良かろうと牡犬に「メリー」と名付けて、外国人に不思議がられることもあったとか。

あまりの無軌道ぶりを見兼ねたか、きちんとした命名法を学ぼうと主張する人もいました。

日露戦争が終結した明治38年、犬の命名法についてご紹介しましょう。

 

獵犬の命名に就いて、我國に於ては由來種々様々不規則にして一定せず。其多くは、ジヨン、ミス、マル、タマ等にして飯島博士と一の井君が、平沼八太郎君より貰ひ受けたる仔犬には、ヴイクトリー(勝利)なる語を分ち、一をヴヰクと呼び、一をトリーと名けたるあり。

又ホーマー詩中の豪傑ウリセスの愛犬をアーガスと呼べるを採て、之に命名せるあり。其他其數の多き事枚擧に遑あらずと雖も、一も参考と爲すに足るものなし。

千八百十三年五月二十六日、獨乙人伯林(ベルリン)に於て獨乙犬種改良協會、ニムロツド協會、メリルニブルグの山林協會、純粋犬種教育會、伯林狩獵協會、ハレサー狩獵會、獨乙獵犬協會、フルニンブルク獵友會、ドレスデン養犬協會、クレーセルド養犬協會、ウエルデンブルグ獵犬協會、粗毛犬協會其他の飼獵犬に關する團体は、協議會を開き、獨乙養犬協會なるものを組織し(以上の各團体は之が支部として存置す)大体局部の名稱を一定し尚犬名を左の如く一定せり。

而して犬名は可成(なるべく)短く一綴を良とし、假令多くも二綴を超ゆる事を許さずして、牡犬には下に子音を附し、母音を附するを許さず。然かれ共唯O(オー)U(ユー)の二字に限り例外として之を許せり。

又牝犬には下に母音を附し、子音を附する事は之を絶体に許さゞるなり。

 

生近頃ゴルドンセツター種犬兒を得て、其命名を爲すべく、時恰も日本海の大勝(※同年5月27日におこなわれた日本海海戦のこと)に際したれば、何か之に因みて命名せんとせしも、意味面白ければ連呼に便ならず、甚苦心を重ねたれど面白くして呼びよきものあらず。

白蛇兄はLeuvin(ヘブライ語)和音ルーヴヰン

意味は英語なればBeloved Friend、和語なれば親愛なる友と選ばれたれど、是も連呼に不便の感なきにあらざるが故、遂に獨乙獵犬協會が議決せるものゝ中、Mars(海神の意)と名づけたり。

※マルスは戦争と農耕の神ですよね。以下、名称リストは省略。

 

千葉縣 七楼生「犬の命名に就て」より