俳優・金井謹之助は、犬の飼育に関して相当な自信があったのでしょう。獣医師よりも自分の方が優れていると語り、犬の知識がないまま飼い始めた友人のことを散々にこきおろしていました。

 

 

それから、意味は異ふが、病犬を手掛けることにも興味がありますね。

獸醫から病犬を二頭借りて來て、治したことがありますよ。何の病氣だか醫者にも分らない。もう一ヶ月も持てあましてゐたので、私はそれを宅に連れて來たのです。

仔細に觀察すると、この二頭は生來の虚弱犬で、別に定まつた病氣があるのではない。

かう診斷がついたので、まづ鶏のサゝミを少しやり、三日目にオカラをやりなどして、すつかり元氣な犬にしてしまひましたがね。

以心傳心と云ひますか、此つ方で犬の氣持を讀んでやれば、ある程度までは病氣のことも分る譯で、症状一點張りで、これはヂステンパーだ、と醫者が診斷しても、案外胃腸病だつたりすることもあるのです。定義に當嵌めるだけで、之は何病とやつてはいけませんな。

何しろ此つ方は一日犬と一緒にゐる。

醫者の診察時間は限られてゐると云つた譯で、醫者に分らぬ事も此つ方に分ることがあるのです。

鼻が乾いたから病氣だ、ヤレ耳が暖いから病んでゐる、と無暗に騒ぐ人もありますけど、氣持さへ呑み込んでゐれば、なーに、鼻が乾いてゐやうと、一概に騒ぐこともありません。

 

私など、相當亂暴なことをやり、デーン(※愛犬のグレートデーン・マックスベア号のこと)は閉め切つて暖くせねばならぬと云ふのに、田圃へ出して、洗つてやつたりしますが、丈夫なものです。

これも氣持が通じてゐるからで、病氣に限らず、普段の取扱ひにもこの氣持の通ずるといふことは大切ですな。

犬が服從して來るのも結局この氣持の問題で、それには、やつぱり扱ひ慣れることが必要だと思ひます。

「犬もいゝが、どうも死んでゐけない。死なない犬はないものか」

先日一樂荘(※一樂荘犬舎)を訪れた友人連中が、まづかういふ第一矢を放つた時「犬なんて、死ぬものではないよ。死ぬのは餘程どうかしてゐる」と、私は大いに吹いてやつたのですが、病犬に對しては、看護第一で、心からの注意を拂つてやれば、ムザ〃殺さないで済むことが多いと思つてゐます。

ある友人は日本犬二頭を仕入れ、一頭は殺し、一頭は目下病中ですが、初め一ヶ月ばかり、牡だか牝だか分らずに飼つてゐたのださうです。こんな心掛けではいけませんな。

病犬を醫者に連れて行くにしても、四十度から熱のあるのを歩かせて行つたりする。

「ナニ、近いんだよ。二十丁ばかりだからね」

そりや、犬だから歩きませうさ。

しかし、二丁と雖も歩かせてはよくないに極つてます。假りに自分の子供が病氣だとして、四十度からの高熱の際、歩かせて醫者へやるか、どうかと云ふんです。

 

しかし、何ですな。考へ様によつては、分らずに飼ふ方が面白いんぢやないかとも思ひますよ。

私などは、どつちかと云ふと、犬に對して理性的になつてしまつて、氣持が苦しいと思ふことがありますよ。

どんなに夜遅く歸つて來ても、朝は六時に一度起きて、食事を作つてやるのですからな。さうしないと、寝てゐても氣が氣でないんです。

辛い話で……。

それに晝間は留守になるので食事の献立と時間表を作つて家へ殘して行く始末なんですから、日課としては、相當面倒です。

牡・牝分らずに飼ふ方が、本當はいいのだ、と思ふことがありますよ。

 

「死なさぬ名人・他人の病犬まで預つて治癒させる金井謹之助氏(昭和10年)」より

 

ちなみに「牡だか牝だか分らずに飼つてゐた」友人とは、早稲田大学の中村吉蔵教授(翌年、金井さんは中村教授に愛犬フロリアを譲渡しています)。

中村教授の名誉のため追記しておきますが、愛犬の性別を間違えたのには理由がありました。

 

中村吉蔵氏
文壇の大家ではあるが、犬の方はまだ最近入門で、この程新國劇俵藤理事から日本犬牝の仔犬を贈られたが、數日すると、折角牝だと頼んだのにあれは牡だつたよとの宣告。
人間でも時々娘さんが男となつて徴兵檢査を受けることもあるが、あれは確かに牝だつたがと急いで参上。
ほら、この通りと示されるのを見ると、それは出べそであつて大笑ひとなつた(昭和10年)