どこかで見た犬達だなと思って差出人を確認したら、千葉県の陸軍歩兵学校で出向訓練中だった上田氏から新潟県の原隊へ宛てた年賀状でした。やはり歩校のテスト候補犬ですね。
陸軍軍用犬史の調査で歩兵学校の資料を読みまくった結果、100年前の犬の所属を識別できるようになるとは。まあ、何の役にも立たない能力ですけど。
この写真が撮影された大正11年、陸軍歩兵学校は大正8~10年度の軍用犬研究を完了したばかり。その有効性を確認した歩校は、軍馬の知識しか持たない陸軍上層部を説得しつつ、シェパードを主力とした実戦化へ取り組みます。
ふざけた年賀状ですが、日本軍犬史においては重要な時期の資料なんですよ、コレ。
 
写真の犬たちと思われる歩兵学校の記録は下記のとおり。
 
 
シェパード二頭は、おそらく日本軍が最初に配備したこちらの「恵須」と「恵智」。大正3年の青島攻略戦以降に来日し始めた青犬(青島駐在のドイツ人警官が繁殖していたシェパードの系統)であり、当時は「獨逸番羊犬」と呼ばれていました。
「恵須」と「恵智」がズバ抜けた能力を発揮し始めたことで、歩校の軍用犬研究は初歩的な荷車運搬から高度な伝令勤務へ飛躍的に進展。テスト候補だった秋田犬や土佐闘犬はさっさと失格判定され、陸軍の主力品種もシェパード中心へ移行していきました。
ちなみに、日本における呼称が「ジャーマン・シェパード・ドッグ」に統一されるのは昭和3年のことです。
 
帝國ノ犬達-犬車
白っぽい犬はこのカラフト犬ですかね(歩兵学校史料より)。同時期にはドーベルマンも配備していたのですが、大正10年に3頭が初来日したばかりの状態。輸入頭数が増加するのは昭和に入ってからです。
 
  帝國ノ犬達-犬車
斑模様のワンコはこの運搬犬(歩兵学校史料より)。
 
帝國ノ犬達-運搬
全員集合の写真(彈藥車の文字は彩色時に描き足したもの。元の写真では無地の荷車です)。
 
帝國ノ犬達-運搬犬
こちらが大正時代に歩兵学校が発表した元写真。「戦場における日本軍運搬犬の写真」とする解説も多いのですが、実際は千葉県内で撮影されたものです。
兵士の介助が必要な荷車運搬は歩校の研究段階のみで放棄され、日中戦争においては犬単独で行動できる駄載運搬方式が中心となりました。