2

洋画家。日本シェパード犬研究會、後に日本シェパード犬協會メンバー。あのシュテファニッツSV総裁と面識のあった、数少ない日本人の一人でした。

長坂氏によるドイツ旅行記は、後日掲載の予定。

1

シユテフアニツツ氏には、滞獨中屢々お會ひしましたが、私が一番最後にお目にかゝつたのは昨年八月六日、私共の帰朝が近づいたので、氏と氏の奥さんとお嬢さんを或る支那料理店にお招きして、私共夫妻の五人で晩餐を共にした時でした。
その時も氏は、君が日本へ帰つたら、何卒日本に於けるシエパード犬のよりよき發展のために盡力して慾しい。又日本の将來のシエパード犬の發展を祈つてやまないなどゝ繰返し云つてゐました。



シユテフアニツツ氏は寫眞でも判る通り如何にも獨逸魂をもつた毅然たる風貌の人ですが、氏に接して見ると一面實に和やかな温情に満ちた大きな器の人で、流石獨逸で今日の犬界を作つた人丈けあると肯かれました。



ある時も私と一緒に街を歩いてゐると、数歩先きを一人の婦人が犬を連れて歩いて行きましたが、自動車の頻繁な十字路にかゝると、氏はつと先へ急いで行つて、その犬を自分で引張るやうにして安全に通り抜けさせました。
その犬はシエパードでもあることか、エアデールの雑種のやうな平凡な犬でしたが、氏の動物に對する愛護心はかゝる犬でも放つて置けなかつたのでせう。そしてその行爲が實に自然であるのに感心しました。



たゞ氏に日本犬の頭骨を日本へ帰つたら是非手に入れて送つて貰ひたいと頼まれてゐましたが(※シュテファニッツは世界各国の犬の骨格を比較研究していました)、帰朝後はいろいろの雑事にまぎれて、未だ約を果さなかつたことが、氏のなくなられた今日一番心残りです。
又私が最近獨逸から迎えたダゴー號に就いては氏も非常に期待をもたれて、日本のJSV展の審査の結果を知らせて欲しいと云はれてゐましたので、先日中島基熊氏(※JSV理事)の審査評を譯して送りましたが、それも竟にお見せ出來なかつたのは残念です。

長坂春雄『シユ翁の印象』より 昭和11年