俳優・井上正夫
牝犬(※愛犬フミ子のこと)を部屋に飼つて苦労するのは、犬のシイズンの時で、布で結へて不始末をしないやうにするのには氣を使ひます。
小説家・川端康成
しかし中には仕末のいいのもゐますが、私も今年の夏海岸へテリアをつれて行きましたが、あれになつて、畳に血をたらしたので、その家のお婆さん、犬とは知らないので、これは何ですかと叱られました。
記者・白木正光
川端さん、創作では犬をどういふ風に扱つてゐますか。
川端
私は犬を理想化したくない。どうも作家は犬を多く軽蔑し扱つてゐる半面に、名犬物語といふものがあるが、私はあゝいふ風にやりたくないし、こんな風に考へると六ケしくなつて竟に筆が運ばなくなります。
井上
川端さんはこんな御経験はありませんか。つまり、障子の向ふに犬がゐるとしますと、私が運動につれて行かうかなと思ふと、もうしきりと向ふでさわぐ、どうしてわかるのだか不思議です。
川端
えゝ度々経験します。
『藝術家に犬を聴く』より 昭和8年12月13日

川端康成が愛犬家だったというのは有名な話で、犬に関する短編も幾つか書いています。
犬と映画との関係については、以前に俳優犬編 で取り上げたとおり。「狂った一頁」にわざわざ犬の場面を追加したのが井上正夫なのか川端康成なのかは判然としませんが、両人とも熱烈な愛犬家なので悪ノリしたのかもしれません。

犬
自宅でくつろぐ川端さんと愛犬のエリー。他の写真を見ると隣にコリーのルイも座っていますが、コレには写っていません。 
昭和6年

彼の愛犬として有名なのが、上の写真で抱っこしているワイヤーヘアードフォックステリアのエリー。
昭和9年のペット雑誌アンケートでは、愛犬についてこのように回答しておりました。

一、お愛犬の名と種類別
コリイ。牝、名ルイ。
ワイア・ヘアード・フオツクス・テリア。牝、名エリ。
二、お飼いになつた動機
要するに動物一般が好きだからでありますが、種々の意味で自分の心身を健康たらしむる爲め。
三、一番お好きな犬種名
どの犬種にもそれ〃よいところを認め、特に何種とは云ません。
川端康成

イギリスからルイを輸入したのは昭和6年で、同じ頃には「ボルゾイを飼いたい」などと呟いていました。本当に犬が好きだったんですねえ。
川端家の犬は何度かお産したらしく、昭和10年にハナコ(ワイヤー)が宇野千代へプレゼントされています。

で、この記事のネタを探そうと、書庫で川端康成の本を漁ってみたのですがどうしても見つかりません。
悪戦苦闘しつつ本の山をひっくり返している途中で、ある事に気付きました。
そういえば俺、短編以外の川端作品を読んだことが無いぞ。単行本なんか持ってる訳ないじゃねえか。
子供の頃、名作全集へ進む前に内田百閒とか筒井康隆方面へ脱線しちゃったからなあ。その後はマンガばっかり読んでいましたから……。

トンネルを抜けて雪国へ行ったのは誰で、その後どうなったのでしょうか。あの小説に犬が出てこないならどうでもいいですけど。