Utz-Klodo系の某名犬及びKlodo系の某名犬は確かに長毛の仔犬を沢山出してゐる。
殊に或輸入犬の如きは輸入當時は背に波打つた毛が三寸程まるで馬の鬣の様に両側に靡いてゐたのが最近見ると普通の長さになつてゐる。
これは短い毛と抜け代つたのか、それとも床屋さんに行つて散髪したのか自分は不思議でならぬ。
日本に上つて一ヶ年半、かくも毛の長さが代るものであらうか。
これは持ち主だけが御存じの筈。

東京の圓タク運転手は犬ずきが多い。
僅か三日間の滞在中犬を連れて六回圓タクの世話になつたが、申し合せた様にシエパード犬に就いて可成の知識を持つてゐた。
道中犬に関して色んな話をしてゐる内に早や目的地に着いてしもう。
こちらも気が楽だし運転手も喜んでゐる。
無言で運転する事程淋しいものはない相であるから、運転手君たるもの話上手に鎌をかけてお客に話させる一つの世渡り術であるかも知れぬが、愛犬を誉められて悪い氣持ちのする愛犬家つてのもあるまい。お目出度い方が揃つてゐるから。
結局運転手君が愛犬家であつたかどうか知らぬが、商売上手である事は事實である。

世は非常時である。
シエパード犬を唯趣味として飼ふ時代は過去つた。實際使へるいぬとして飼育するのが目下の急務である。
目標はシベリヤにある。耐寒耐熱のシエパード犬でなければものゝ役に立ちそうにない。
お座敷犬では駄目。
もつともつと前胸の張つた厚味のある力強い犬でなければ耐へ得ないであらう。
此の點内國産犬を観て痛感した。

瀬戸口弘「高麗狗随筆」より 昭和11年4月11日