京城支部觀賞會開催が取沙汰されて氣運頗る濃厚化してゐたが、朝鮮の冬は早い。今日の冷へ方では一寸躊躇するといつた具合で、來春展に力を入れる事になつたのだらう。これから當分冬眠となるのだから淋しい限りである。春四月今から支部展が待たれるのは獨りではあるまい。
正確なるS犬認識は六ケ敷い?特に迷はれるのは審査員によつて判定が違ふことだ。審査員會の充實と統一は刻下の急務である。JSV(※日本シェパード犬協会)とKV(※帝国軍用犬協会)との審査規格は相違があるのか否か。これはJSV犬だ、これはKV犬といつたやうに出陳者はJSVとKVには別々の入賞目的犬を必要とする。
S犬がJSV犬KV犬と全然別種であれば兎も角、國家的立前からしても一般愛好者を迷はさぬ判定を與へる爲にもJSVとKVの合体は勿論吾々愛好者に取つては無駄を除く點から言つても統制下國策的であることは否めないと思ふのだが、長い間何等か相容れぬものがあるとしても、時局を考慮して何等かの合体方法はないものか。KV誌にも書いたことがあるが、一部爲政者の感状的對立であると考へる向があるなら……、會員を犠牲にすることは酷だ。
根本方針に立脚すべきだ。JSVとKVではその規構の相違は吾々にも判る。會員各位もJSV會員であることを自負する。然し軍犬報國?の根本方針が同一であるなら、歩み寄るべきものがあるのではないのかと愚考する。馬鹿臭い、こんなことを考へるだけでも頭が痛くなる……。だが先決問題として審査員だけでもJSV、KVは統一さるべきであることは正確にS犬を認識せしめる唯一の方法で、從つてS犬向上は必然的だ。解らぬ奴は無駄を言ふナ、と言へばそれ迄だ。統制經濟下物資節約の折柄、全く無駄な事だが朝鮮だけでもそんなことにならぬものかナア……。
平壌在住 野生『無駄口漫談(昭和14年)』より
昭和九年五月、KV支部設立當時よりの役員辞任。京城研究會、NSC支部、KV支部設立迄一貫せる理想と邪道を相戒むる鐵則の許に、終始S犬の健實なる發展に貢献せるに不拘、支部長のプロ中心主義と、権力に集る無縁犬幹事日に〃數を増すに及び、遂に其の目的達成困難なるを察知し、同志の辞任を見るに至つた(ソウル・ケネル倶樂部 花房英一氏)
![犬](https://stat.ameba.jp/user_images/20140825/23/wa500/7c/4e/j/o0800059613046512896.jpg?caw=800)
KV朝鮮支部の体たらくにより、朝鮮シェパード界の成長も阻害されます。SKCを現地視察したJSVの中島理事は、その停滞ぶりに厳しい評価を下しました。
京城のシエパードの優秀なものを數十匹見せて貰らいました。輸入犬(ドイツ産三才)二匹、牡のも拝見しました。JSV展に出陳したらどの程度に行くか少しの遠慮も入らぬから研究参考のために云ふて下されいとの皆さんの御要求を強要したので、撲られるのを覚悟で直感を話しました。
内地のJSV展なれば會場の入口で出陳を御断りします。一匹の輸入犬(ウツヅ系の牡)は確かにV賞級で種牡犬として優秀と思います。今一匹のエリツヒ系のインブリーデングは極度にエリツヒ系の長短を現はして居ります。
今日拝見しました大部分の犬は撲殺組です(半立チノ逃ゲ腰デ云ヒマシタ)。内地、即ち東京、大阪よりは五年半位遅れて居ります。牡犬の殆んどが牝に似て中性のものばかりです。そして後脚飛節が著しく惡く、従つて全身が型をなして居ませんでした。それの様に私の目に見へたのも無理はないです。私は自分の名犬を朝夕眺めて居ります。
又途中、大阪で一樂荘を訪ねてカール・ミユラー君(※在日ドイツ人。伯林シェパード犬協會の公認ハンドラー)東京に來られる一週間前、六月十日犬談をやりまして、クルド、オーデン、ドルフ、マーシヤ等々のを世界的の名犬を見、望月氏のオルパル、アンヒルデ、ゲラー、鈴木氏のクロチルデ、宮川氏のオヂンの後胎の牡牝チラ、チス、ホルカー、ベチナ等の優秀犬を滿喫しての直後ですから、多少、私の目の程度も違つて居た事と思ひます黑狼荘(※中島氏のペンネーム)『ヨボーの國へ旅して(昭和9年)』より
中島氏歸京(※京城の意味)、皆様御集合の席上にて京城犬界の御報告有之候由其節京城のS犬は撲殺す可きもの多しと例の黑狼荘一流の辛辣な御批判恐れ入りて、憎らしきことに私共事實を素直に申されたる而己にて吾々としては一矢を酬ゆる元氣も無之候。
横井増治SKC会長よりの便り
さまざまな支障を乗り越えながら、朝鮮犬界は近代化へ邁進します。
昭和11年4月、JSVは朝鮮半島へ進出。SKC横井増治が会長兼務でJSVソウル支部を発足させ、外地での活動を開始します。
昭和十一年八月 KV支部事務所再移轉及支部長更迭。支部長 齋藤久太郎事務所 府内逢來町穀物組合内昭和九年末より役員中の摩擦愈々深刻化し、プロを伴奏に何時絶ゆるとも計り難く、一般には其の存在を忘れられ、全鮮四百の會員に總會の通知を發行し乍ら、出席者僅に二、三名に過ぎざるの惨状を呈する事に成つた。此處に至りて、一年間黙視せし軍部は其の浄化粛正に乗り出し、大乗的見地から各愛犬家の後援を求むる意味で、支部の顧問であるSKCの盟主、JSV支部長の横井氏並に筆者に處置に關する相談があつた(花房氏)
とても信じられませんが、朝鮮シェパード史に記された事実なのです。
斯くて半島犬界は明朗となり、東京を始め各地に、或は雑誌の論壇に、其の不統制と非常道を喧傳さるゝKV、JSV合體問題も、獨り朝鮮に於てはKV、JSVの同一支部長、同一幹事で事實上合同實現し、犬界トラブルの素因を除きたるは、獨り半島犬界のみならず、全國に其の英斷の範を示せるものと信ず。KV、JSV各本部の從來の行き懸りは別としても、今假りに全國各兩支部が事實上合同若しくはこれと同様の形態と成つた場合、本部は如何なる處置を取るか、識者の判斷に任す次第である。花房英一『各地シエパード界(昭和12年)』より
古くから鷹狩犬のノウハウを日本へ伝授していたように、朝鮮半島はもともと使役犬の訓練に長けた地域。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20180308/18/wa500/75/ea/j/o1959154614145601895.jpg?caw=800)
趙徳淳氏のシェパード(昭和13年)
【朝鮮半島の軍犬報国運動】
日本軍にとって、シェパードの飼育が普及した朝鮮半島は軍犬の一大調達地となっていきました。それに伴い、競技会や購買会も盛んとなります。
![帝國ノ犬達-ソウル](https://stat.ameba.jp/user_images/20130914/00/wa500/ec/1b/j/o0800042012682642409.jpg?caw=800)
出番を待つ出陳犬たち
![帝國ノ犬達-ソウル](https://stat.ameba.jp/user_images/20130914/00/wa500/94/cd/j/o0800039712682642408.jpg?caw=800)
同じく審査風景
朝鮮半島から出征した軍犬たちは、戦地でどのような運命を辿ったのでしょうか。武勇伝が盛んに報道された内地や台湾と違い、外地の愛犬家へ伝えられた記録は多くありません。
![帝國ノ犬達-朝鮮第四回展](https://stat.ameba.jp/user_images/20120418/23/wa500/bb/80/j/o0800047611923850009.jpg?caw=800)
こちらもソウル南大門小学校にて、朝鮮支部展覧会入賞犬の記念撮影(昭和11年)
![帝國ノ犬達-朝鮮第四回展](https://stat.ameba.jp/user_images/20120418/23/wa500/e2/06/j/o0800053511923850007.jpg?caw=800)
同展覧会にて、審査を受けるドーベルマン
![帝國ノ犬達-朝鮮第四回展](https://stat.ameba.jp/user_images/20120418/23/wa500/d3/3d/j/o0800059211923850005.jpg?caw=800)
同じくエアデールの審査中。
総督府による害獣駆除が「日本人は朝鮮狼を絶滅へ追いやった」と非難される構図と同じですね(日本オオカミ史で書いたように、猟銃の所持規制が害獣の跋扈へ繋がり、「日本人がヌクテを放って家畜への被害を拡大させている」という流言飛語へ発展。抗日運動への飛び火を怖れた総督府が害獣駆除へ乗り出した裏事情とかもありました)。
感情論や歴史歪曲を排除し、史実のみを追ってみましょう。
我が陸軍に於ても、主として茶色の犬毛皮を一部防寒被服の材料として茶褐色兎毛皮、或は羊毛皮の代用として利用してゐる。前述の諸條件(※毛量豊富、綿毛多、毛質柔軟、毛丈長、毛絡少、毛切無、脱毛無、革質強靭にして柔軟、革の汗腺少、軽量、毛色保護色、價格低廉、面積大)を具備して居る犬毛皮は、内地には殆んど産出なく、樺太、滿洲産は相當良品を産出するも、價格、品質等に於て稍不利なる點あるを以て、一般の需要に供せらるるは主として朝鮮産である。
朝鮮に於ける飼育數は約一七〇萬頭を算せられ、毛皮としての産額は一ヶ年約其の一〇%と称され、漸次増加の傾向にあり。主なる産地は平安北道、平安南道、江原道、咸鏡南道、同北道等にして、特に西北鮮地方のものは品質良好である。次に朝鮮産犬毛皮の産出及び輸出の状況を表示して参考とする(昭和六年調)
陸軍被服本廠『犬皮の利用價値に就て(昭和9年 )』より
長期戰下、犬皮は軍需用品として防寒具に加工される外、最近は牛皮の代用としてその効用を認められて來たので、慶北道では先づ道内三十六萬戸の農家を主體に「犬を飼ひませう」の標語をもつて畜犬の増殖に乗り出すこととなつたが、現在慶北の畜犬は約二十萬頭と推算される京城日報(昭和13年)
![帝國ノ犬達-タイトル](https://stat.ameba.jp/user_images/20110615/23/wa500/13/c8/j/o0800028711293150997.jpg?caw=800)
昭和十八年二月
朝鮮總督府林業試驗場長
林學博士 鏑木徳二
朝鮮固有犬は珍島犬、豊山犬として近年相次いで天然記念保護物に指定され、其の系統及優秀形質が廣く世に紹介された。朝鮮に於ては犬は夙に供食用とすて旺に飼養され、犬毛皮の價値は餘り認識されなかつたが、近年毛皮の需要激増し、特に軍需資源向としては更に其の増産が要望されて居る。然し毛皮の品質、純系の保存に關しては本質的に檢討攻究し、其の向上對策を講ずる要があり、之が爲には朝鮮犬に關する諸般の實状調査が肝要である。
本邦文は上述目的に對し調査試驗を了したものを上載した。因より尚殘された多くの重要事項がある。之等は其の完了を俟ち他日公表の機あるを信ず。
本調査試驗は林業試驗場長鏑木博士の渝らざる支持督励の下に行はれ、又鐘ケ淵紡績株式會社津田社長の科學に對する好意と理解ある支援に預る所が多く、本場嘱託梅谷博士も終始援助の勞を執られた。
尚、調査試驗實行上、朝鮮陸軍倉庫を始めとし、當該官署當務技術員諸氏、中川前朝鮮皮革會社々長及本場雇員永田鍵君等を煩したる點多く、李王職技師下郡山誠一氏は特に同所々蔵繪畫より貴重なる數點を選択撮影の上寄贈された。
昭和18年の朝鮮総督府の犬毛皮資源化事業に伴って収集された犬皮サンプル。これは、駆除野犬と不要犬の買上げで調達する計画でした。
犬毛皮は從來大衆向衣料資源として主に米國其の他に相當多額の輸出を見た。其の綿毛の密なるものは保温力大きく外観狐毛皮に類似し強靭且安価な點は防寒其の他の實用向毛皮として優る。唯皮の過重が欠點とされて居る。
夏季屠殺の毛皮、南鮮温暖地域成育のものは比較的毛短く防寒に不適のため、寧ろ脱毛して牛ボツクスやキツトに代用される。然し此皮は強度弱、厚度薄、伸度大、収縮力少き等の欠點ありて牛豚革に比べ實用價値劣るも外觀キツト革の如く頗る美麗で現時皮革類不足の折柄、重要資源たるを失はぬ。
犬皮及犬毛皮の用途は大體次の如し。
毛皮
軍需
・毛皮 外套裏地、航空服衣料、敷皮
・革 衣料部分品
民需
・毛皮 擬毛皮(灰色は狼、白色は白狐、赤褐は狐)、コートのトリミング、上服の裏地、防寒用胴着、外套裏地、防寒帽、ハタキ(尾を使用す)
・革
靴裏皮、靴甲皮(牛ボツクス、キツト代用)、袋物用
![帝國ノ犬達-4](https://stat.ameba.jp/user_images/20110615/23/wa500/4b/ef/j/o0767093011293151000.jpg?caw=800)
![帝國ノ犬達-第74聯隊](https://stat.ameba.jp/user_images/20120409/23/wa500/24/92/j/o0800055011907350134.jpg?caw=800)
KV朝鮮支部咸南分會・六月二十二日、歩兵第七十四聯隊(咸鏡南道咸興駐屯)に軍犬二頭献納(昭和12年)
【光節後の韓国犬界】
戦争末期の朝鮮犬界についてはよく分かりません。敗戦時の混乱もあって、記録が少ないのです。
小生等、昔JSV会員であつた数人が発起して創立せるKSK、高麗S犬研究会(一九四八年三月発起創立)の血統書のマークも小生の提案に依りOdainの頭(イヤ、顔)を採案したのであります。勿論内容は殆どJSVの血統書を模倣したものであります。韓国にはこの他に、KKVなる昔のKVを小くしたような団体があります。韓国戦乱には恰も昔のJSV、KVの存在の如く、合同問題も盛に論議された事もありますが、日本の犬界人士に学んだ我等だけあつてこれが亦止むを得ないものと存じますから、合同会議の席上でKV、JSV合同経過等小生の口から口角泡を飛ばす調子でした。笑つて下さい。皆犬狂のせいでしよう。崔応浩「懐しいS犬の日本(昭和30年)」より
Koreaからの消息に依りますと、去る五月二十日京城で全国畜犬綜合展覧会(今度新に創立された畜犬協会)が催される旨でしたから、御知らせ致します。勿論ツマラナイ催しに過ぎませんが戦後、多くの犬と愛犬家を失つたKoreaの犬界のこと。我乍ら欣快と存する次第であります。尚多くのS犬愛好家は日本から種犬を輸入したがつて居りますが(実際、是非とも輸入しなくてはならない状態です)、御存知の通り、日韓交渉渋滞の状態で差し当り絶望状態ですが、政治的変遷に従つて何時かは日本のS犬界の皆様にも接し得る時機が到来するものと存じます。その節はJSAの皆様の御援助の程今から御願い申し上ぐる次第です。崔応浩「懐しいS犬の日本(昭和30年)」より