狂犬病は、狂犬病ウィルスをもつ動物、特に人の身近にいる犬から感染します。
狂犬病に罹らない為には、感染犬に咬まれないことが何より重要。
では、狂犬に咬まれない為にはどうすればよいのか。

「犬に口輪をすればいいじゃん」

と、いう案が出たのは明治26年のこと。

嵌口器(口輪)なるものはまだ日本に伝来していなかったらしく、西洋のイラストを元に研究が重ねられたのでしょう。
日本で口輪が使われるようになった時期は不明ですが
時代が進んで軍用犬の訓練が盛んになるとペット店でも販売されるようになり
戦前あたりには、ヨーロッパ各国の口輪の研究なんかもおこなわれています。

因みに、これが提案された年には長崎県での狂犬病大流行が始まり、収拾がつかない惨事へ発展していきました。
勿論、パスツールの開発した狂犬病豫防注射やパスツール研究所の実績は日本獣医学界でも周知されていましたが
我が国に「パストール氏治療法」を試みる器材やデータは無く、「口輪を使おう」などと呑気な事を言っている間に事態は悪化。
地域の飼犬を殲滅する作戦にも拘らず、野犬への感染は野火のように拡大していきます。

長崎医科専門学校がパスツール氏式注射法の強行に踏み切ったのは2年後の明治28年でした。
医師と患者の体を使った人体実験に等しい行為でしたが、これによって発症者は激減。
しかし、狂犬病鎮圧までに多くの人命と犬の命が奪われてしまったのです。

この嵌口器は、狂犬病豫防注射導入前後の貴重な狂犬病対策記録でもあります。

帝國ノ犬達-狂犬病
「臨時特報・長崎縣下に於ける狂犬病」より 明治26年