戦前から戦後にかけては、買い物を代行する犬がいました。所謂「お使い犬」というものです。
カゴや風呂敷を咥えて指定の店へ行き、品物を入れて貰ったら自宅へUターンするお仕事。しかし相手は犬ですから、店と客の信頼関係があって成り立つものでした。
いきなり犬が入店したところで、普通は蹴り出されてオシマイですから。

帝國ノ犬達-お使い犬
大日本猟犬商會より、訓練中のお使い犬。 大正14年

怜悧な犬をよく馴らすと八百屋や牛肉屋や豆腐屋へお使に行つて立派に買物をして帰ります。此頃東京市中でも大分岡持や包などを咥へて歩いて居る此お使犬を見掛けるのは大に結構な事と思ひます。此春永の暇々に犬にお使を教へて御覧になつたら面白からうと存じます。
生れてから四ヶ月目位の犬に教へ始めるのが一番宜しい。
始は鰹節などを布片に包んで手毬の様にして、抛つて犬に取らせます。手毬は鰹節の香がしますから、犬は直に咥へて來ます。さうしたらビスケツトなどの御褒美を與へて咥へて居る手毬を受取ります。
これは毎日極く短時間宛繰返し馴らして十數日間之を續け、次ぎには手毬を遠方へ投げ遣つて犬が咥へに往つた間に教へる人は素早く姿を隠して了つて手毬を咥へて來た犬に探させる。
探し當てたら御褒美を遣る。之を繰返して馴れたら今度は手毬を岡持ちに換へる。
モウ茲を馴らせば占めた者で、怜悧な犬になれば軈て八百屋牛肉屋豆腐屋等へも立派にお使をする様になります。
女中の威張つて使ひ悪ひ今日、寧ろ柔順にして正直な犬君を使馴らされた方が経済でもあり間違もなからう。現に麹町番町の家や芝の大久保家杯の愛犬は、既にお使ひ犬として立派な成績を示して居る。
是等は麻布古川橋の猟犬商會で馴らしたものであるが、お使の途中他の犬が戰を挑んでも顧みず、立派に御役目を果すのが非常に重寶がられて居り、其代り或時には岡持の豆腐が粉々に砕けて居ると云ふ滑稽もあるさうだが、偶に其位の事は畜生だもの宥して置かねばなりますまい。
報知新聞より 大正4年


帝國ノ犬達-お使い
日本陸軍歩兵学校が極秘に研究していた、軍用お使い犬。
「買ヒ物ヲクワヘテ歸ラントスル」とある通り、これを使って営内に嗜好品をこっそり持ち込む等の補給任務で活躍しました(ウソです)。
店主の表情が微妙です。何やってんだか。

お使いをする犬は、放し飼いが横行していた時代に見られたもの。現在は殆どおこなわれていません。
……と、思っていたら、先日スーパーの駐車場で買い物袋を運ぶレトリバーを見かけました。
御主人の車まで颯爽と歩いて行くその姿は、在りし日の我が国で普通に見られた光景だったのでしょう。