日本陸軍輓駄馬用防毒装具解説

第四回・防毒脚絆について
 

帝國ノ犬達-防毒脚絆
●日本軍馬用100式防毒脚絆(正面より撮影)

戦場に散布された糜爛性ガスは、一定期間毒性を失うことなく地域を汚染し続けます。泥濘や植物に付着した糜爛剤は、そこを通過する兵士や軍馬に被害を与えました。
空気中の毒ガスに対抗するガスマスクと防毒覆面、防毒カバーだけでは完璧な防護とはいえず、このようなマスタードガスから馬の足回りを保護する為に開発されたのが「防毒脚絆」です。

防毒脚絆
●第1次大戦中のアメリカ軍馬用防毒脚絆(リヒタース著『化學戰と軍用動物(昭和20年)』より)

 

(第一次世界大戦時の)聨合國はイペリツトの使用漸次増大するに及び、遂に馬匹の皮膚を防護するの必要に迫られたり。
就中球節部、臀部及蹄球部は屢々イペリツトに障害せられしが故に蹄沓及球節付近に達する防毒脚絆を製作せり。
蹄沓は内面にゴムを張れる鉄板を以て堅固なる沓底となし、更に剤を密に掩ふものにして其の上部に防毒脚絆を附し、紐を以て管骨の前後に装着す。此の沓底は又彈丸の破片及有刺鐡線に對し或る程度に蹄を保護するが故に、米軍は之れを其の戰場に在る全部の馬匹に配給せりと云ふ、然れども獨軍に於ては防毒脚絆を使用せざりき。
馬匹防毒面及同脚絆は敵より瓦斯急襲を受くるとき其の効果顕著なるものに在らず。蓋し斯くの如き状況急を要する場合に在りては、之れが装着は困難にして、瓦斯雲又は瓦斯彈を受け混乱せる場合、馭者又は騎手が先づ自己の防毒面を装着せる後に於て馬匹に防毒具を装着せしむるも已に時機を失する場合在ればなり。
然れども、フリース將軍は動物の瓦斯防護は将來戰に於て大なる價値を有し、特にイペリツトを以て毒化せられし土地を通過する際を顧慮するとき、其の必要を痛感すべしと云へり。
吾國に於ては、蹄冠部繋部及管部を防護する馬匹防毒脚絆を製作せり。
野外試驗並實驗室に於ける研究の結果に徴すれば、糜爛剤は蹄底を通し蹄軟部を障害することを認めざるを以て、蹄沓は其の必要を認めず、本脚絆は既に制式とせり。


実物供覧説明す(陸軍獣医学校 昭和15年)


帝國ノ犬達-マスタードガス

帝國ノ犬達-マスタードガス治療
上)マスタードガスにより脚部の皮膚が糜爛した馬。
下)皮膚糜爛箇所への晒し粉塗布(リヒタース)。

ドイツ軍が防毒脚絆を使用しなかったのは、連合軍のマスタードガス投入が大戦末期だった為。大戦後には採用しており、裾をゴムで絞る方式の黒色スパッツ型となっています。
米軍の防毒脚絆は、「底の鉄板が容易に弛くなつたり、或は柔くなつた地上を行動する時、非常に歩行を困難インする欠点があるから、此の様な處では甚だ不便を感じた(リヒタース)」とのことです。

そして日本軍馬用の100式防毒脚絆は、大小2サイズが開発されていました。
右脚用と左脚用、及び脚絆収納用の馬品袋で1セットとなります。

防毒脚絆
100式防毒脚絆

比較

大小比較

脚絆大左
 

脚絆小左

大小サイズ比較。

脚絆側面2

脚絆側面
脚絆側面。

脚絆左右
左右側面比較。

【ガスマスク収納用バッグ】

馬
胸にガスマスク・キャリアーを装着したアメリカの軍馬。1940年

バッグ2

大

小
こちらは防毒具の馬品袋・大小2タイプ。

表

中
バッグの表・裏・内部。裏側のベルトループは、装具への固定用でしょうか。
内部のフラップで密閉する仕組みになっています。
 

ポケット


紐

紐
細部など。

雑嚢

雑嚢裏
こちらも防毒具の収納バッグですが、上のものとは別のタイプです。

雑嚢

紐
 

紐


これらは防毒面と防毒脚絆の収納用なのですが、様々なタイプがあるので何がナニやら詳細不明。
やっと見つけた防毒具嚢に関する解説はこの程度でした↓

「馬匹防毒面は、之れをヅツク製の嚢に納む。其の運搬法は部隊携行を主とし、必要の時機に至り各馬携帯に移すを以て有利とす(陸軍獣医学校)」

他国の馬用ガスマスクバッグは下のような感じでした。

 

馬用ガスマスク

馬用ガスマスク

 

馬用ガスマスク
米軍のM4馬用ガスマスクの収納バッグ。マスク収納時以外も馬の首からぶら下げておき、濾過器連結ホースの分岐部分を固定するのにも使います。

馬用ガスマスク

 

馬用ガスマスク

 

馬用ガスマスク

 

馬用ガスマスク

 

馬用ガスマスク

 

馬用ガスマスク
ドイツ軍のM38馬用ガスマスクの収納バッグ。重くて嵩張るマスクを納めるのは一苦労です。

 

【その他の防毒具】

 

最後に、その他の馬用防毒具について紹介します。
対化学戦用の防護装備として開発されたものが、防護ゴーグル。
防毒マスクと併用されたもので、「とにかく呼吸器と眼だけは護ろう」という簡易装具です。馬への負担は軽減できますが、マスタードガスの噴霧を受けたりしたらひとたまりもありません。
防護眼鏡を装着した日本軍馬の画像も結構残されているのですが、詳しい解説はできません。

防護眼鏡

 

防護眼鏡

 

防護眼鏡

 

防護眼鏡
いずれも馬用ゴーグルを具備した試作防毒マスク(リヒタース)

その他の防毒装備としては、簡易覆面もありますね。
こちらはマスタードガス対抗用のフランス軍馬覆面。


馬用マスク
 

似た様な馬用マスクは、日露戦争でロシア軍から鹵獲した品にも記録されています。
勿論、当時は化学兵器などありませんから、恐らくはコサック騎兵が防寒用に使っていたのかもしれません。
形状としてはこんな感じのもの↓

帝國ノ犬達-馬用マスク

馬用マスク

 

馬用マスク

そういえば、手元にあるこの馬用マスクも正体不明です。耳の部分は革製のカバーで覆われていますから、防寒用かもしれませんね。

軍用動物と化学戦については、まだまだ未知の部分も多いのでしょう。
 

以上。