連載自分のルーツを探る「家系図」作成の手引き1
4つの時代ごとに先祖のたどり方が異なる!「家系調査」の基本
本連載は、家系図作成代行センター株式会社代表・渡辺宗貴氏の著書『わたしの家系図物語(ヒストリエ) 』(時事通信社)から一部を抜粋して、物語を交えながら家系図の作り方を紹介したいと思います。今回は、高校生の葛西美々(かさい・みみ)が区民センターで行われる「家系図作成講座」に訪れるシーンから、家系図を作成する前段階となる「家系調査」とはどのようなものなのか見ていきましょう。
現在取得できる最古の戸籍でも約4~5代目まで遡れる
<登場人物>
葛西 美々(かさい みみ)
戸籍を見て先祖に興味を持った、家系図作りに取り組む高校3年生。素直かつ真面目な性格。根気よく家系図に取り組む。
筧 探(かけい さぐる)
「家系図作成講座」の講師。年齢不詳で、シュッとした雰囲気。
※本連載では、家系調査をするという目的上、差別的意味合いを含む可能性のある語句を差別的意図ではなく、歴史的用語として用いています。
葛西美々(かさい みみ)は、年配の人達が集まる区民センターの一室にいた。
「今回は第1回の講座なので、現在から1000年以上前までさかのぼる家系調査について、大まかにお話をしていきたいと思います」
お兄さんっぽいおじさんなの??おじさんっぽいお兄さんなの?!ホワイトボードの前に立つ年齢不詳のスラッとした男性が、筧探(かけ いさぐる)先生。気の小さい美々なのだが、時折、謎の行動力を発揮するのだ。つい来てしまった、「家系図作成講座」。定員30名で満杯。その6割が、定年後であろう年配のおじいちゃん。3割がおばあちゃん。1割弱が30~40代の男女。その他1名という感じで、一人浮いている美々(現役女子高生)。
「講座を始める前に、お手元の用紙に、今わかっている限りの家系図を書いてみましょうか?」
筧先生が、家系図の書き方を説明してくれる。
右上にタイトル「○○家系図」。上が過去で、下が未来。向かって右が過去で、左が未来…ってことは、長女の私が右で、次女の清美(きよみ)が左なんだ。名前・続柄・生年月日・死亡年月日…。美々は、先ほど取った戸籍以上のことはわからないが、「そういやぁ。伯母がいたなぁ。」父に姉(確か啓子(けいこ)さん)がいることを思い出し、書き足した。
これで完成っと!
[図表1]葛西家系図
「皆様、何代前までのご先祖様をご存じでしたでしょうか? 父親を1代前、祖父を2代前と数えます。」
なかには、すでにかなり調べて自作家系図を持ってきている人も混じっているが、大半は2~3代前までしかわからないという人が多いみたいだ。
「では始めましょうか。まず、時代によって調査方法が大きく異なります」
筧先生が、ホワイトボードに書きながら話しだす。指が長く綺麗。
■戸籍調査は必須
「まず『①戸籍調査』を説明します(図表2参照)。日本には、戸籍制度というものがあります」
戸籍とは、家族単位で国民の身分関係を証明する公的な台帳であり、簡単に言うと、親と子…すなわち、家族が記載された書類。普段目にする機会はほぼないであろう。先ほど美々が生まれて初めて見た戸籍の話だ。
「現在取得することのできる一番古い戸籍である『明治19(1886)年式戸籍』まで取ると、世代にすると平均して4~5代前までたどれるはずとおもいますよ」
先ほどの戸籍には2代前の祖父までしか載っていなかったが、もっと古い戸籍を取ると、4~5代前までわかるってことなのか。どうとるんだろう?
「4~5代前というと、おおよそ150~200年前の江戸末期にあたりますね」
江戸時代の先祖か!? 美々はちょっと面白そうだな、と思った。3代前のひいおじいちゃんが、炭鉱で働いていた話を聞いたことがあるような気がする程度で、名前も知らない。それ以前は全くわからないのである。
「実は戸籍調査で一番重要なのは、何代さかのぼれたかだけではないんです。ご先祖様がお住まいだった地と、お名前を知ることなのです」
江戸時代に先祖が住んだ地と名前がわかれば、さらなる調査方針が立てられるらしい。さらなる調査って、どうするの?
「まずお住まいだった地になります。これが城下町や武家地であれば、武士の可能性を考えられます」
町場であれば、町人か商人の可能性。農村地であれば、農家。
「お名前から判断できることもあるんですよ」
例えば、真田幸村(さなだ ゆきむら)(1567~1615。安土桃山・江戸初期の武将。本名は信繁(のぶしげ))の「幸村」や伊達政宗(だて まさむね)(1567~1636。仙台藩主。隻眼(せきがん)であったため「独眼竜」といわれた)の「政宗」など、江戸時代には庶民(しょみん)には名乗れない武士の名前があったという。この二人は有名だ。
「あるいは、農村地で武士がいないはずなのに、明らかに庶民ではないお名前であれば、僧侶や神主、あるいは町医者の可能性も出てきますね」
僧侶や神主にも独特の名前があったんだという。
「また、現在の苗字(みょうじ)の分布からわかることもあります」
例えば、ある村にその苗字が現在も非常に多ければ、「古い時代からその地に住んだ草分け村民で、分家を繰り返して勢力を伸ばした、地元有力家系ではないか?」などと、推測ができるのである。
「さらには、お住まいだった地の歴史を調べる過程で、ご先祖様のお名前を発見できる場合もあります」
例えば地元有力家系は、庄屋(しょうや)や名主(なぬし)(要は村長)として、地名辞典等に記録が出てくる場合もある。
「いずれにせよ、ズバリ判明するときと推測になるときがありますが、戸籍から江戸時代のご先祖様のことがある程度読み取れてくるのです」
武士、農家、商人…。社会で習ったことがある言葉である。私の先祖はなんだったんだろう? ものすごく面白そうだな、と美々は思った。
先祖の菩提寺を見つけて「過去帳」から家系をたどる
「次に、もっと昔のご先祖様にさかのぼって、『②〔江戸時代〕』(図表2参照)の調査について述べます。江戸時代には、現在の戸籍のような、国が公的に血のつながりを証明したような資料はありません。そこで使うのが『過去帳』です」
江戸時代の調査は、菩提寺(ぼだいじ)(先祖代々の過去帳や墓がある可能性のある寺)、または、本家の「過去帳」が重要。その他に、墓石、「宗門改帳(しゅうもんあらためちょう)」(江戸時代の民衆調査のための台帳)、武士であれば「武士の系図」が重要なのだという。
「過去帳」ってなんだろう?
「『過去帳』というのは、ご先祖様の戒名(かいみょう)、俗名(ぞくみょう)──すなわち、生前のお名前や没年(ぼつねん)が書かれています」
「戒名」とは死後のお名前、「俗名」とは生前のお名前、「没年」は死亡日。江戸時代初期に、「寺請(てらうけ)制度」という、「日本国民すべてがどこかのお寺の檀家(だんか)にならなければならない」という決まりができ、基本的に全国民の「過去帳」が菩提寺に備え付けられるようになったらしいのだ。
筧先生のお話は、決して早口ではないのだが、流れるようにはなすので聞きやすい。疑問に思ったことを予想したかのように、次の話へ進んでいくのだ。
「また、江戸時代は人の移動に制限があり、お寺の変更にも制限があったので、一つのお寺に代々のご先祖様が葬られている可能性が高いのです」
そうなんだ。だから、先祖の住んだ地が重要なのか。先祖の住んだ地を戸籍で特定させて、そのお寺を探すんだ。
「『過去帳』を入手することで、江戸初期(約400年前)まで一気にさかのぼり、戸籍調査のうえに5~10代程度のご先祖様を判明させることができる可能性があります。あるいは、武士であった場合。藩(はん)(江戸時代の大名の支配領域)に提出した武士時代の系図が見つかれば、『過去帳』に頼らずとも一気にさかのぼれる可能性があるんですよ」
「さらにさかのぼり、次は、江戸時代の前の『③〔戦国時代〕』(図表2参照)ですが、ここはいったん、飛ばしますね」
あれ? なんで飛ばすんだろう? 「記録が少ない」って板書されているけど、関係あるのかな? きっと後で、説明してくれるんだろう。美々はそう思った。
「最後に『④〔中世・古代〕』(図表2参照)についてで、1000年をさかのぼります。1000年さかのぼるということは、100年の間におおよそ4代前後の人物がいるとして、40代前後さかのぼるということです。そして、40代さかのぼると、多くは『源平藤橘(げんぺいとうきつ』にたどり着きます」
「源平藤橘」とは、日本人の代表的な氏(うじ)(共通の祖先を持つ血縁集団)の母体。源は源氏、平は平氏、藤は藤原氏、橘は橘(たちばな)氏になる。
「このうち源平橘は天皇の子孫で、藤原氏は高天原(たかまがはら(日本神話の天上界))の神様の子孫といわれているんですよ」
源氏には、清和(せいわ)天皇(850~881。平安時代前期の第56代天皇)の子孫「清和源氏」、宇多(うだ)天皇(867~931。第59代天皇)の子孫「宇多源氏」、村上(むらかみ)天皇(926~967。平安中期の第62代天皇)の子孫「村上源氏」などがあります。
平氏は、桓武(かんむ)天皇(737~806。第50代天皇。794年に京都の平安京に遷都した)の子孫が平安京の「平」にちなんで名乗りました。
藤原は、藤原鎌足(ふじわらのかまたり)(614~669。飛鳥時代の政治家。藤原氏繁栄の礎を築いた)が奈良の地名からとったものです。
橘は、敏達(びだつ)天皇(538?~585?。6世紀後半の第30代天皇)の子孫。じゃあ、40代さかのぼった私の先祖も、清和天皇とか桓武天皇とか藤原鎌足なんだろうか?うーん?どうやって調べるんだろう? 「氏」ってなんだったっけ? 「源平藤橘」も、授業で聞いたことはあるけどよくわからない…。
「さて。一気に話すと言いましたが、ここからはまた雰囲気が変わって、苗字の話に入りたいと思います。ちょっと休憩を入れましょうか」
ほっと一息。あちこちで雑談が始まる。お手洗いやタバコを吸いに行く人、筧先生に質問に行く人…。美々は早く次の話が聞きたかったが、ここまでの話をレジュメやスマホで復習することにした。