今回の世界陸上で印象に残っているのは、男子やり投げで優勝したケニアの選手。
ウェブの動画を見て独学でトレーニングを積んだというから驚きだ。
アフリカでは急速に格安スマホが普及しており、英語で読み書きされたあらゆる先端分野の知に触れることが可能になってきている。
ケニアの公用語は英語だが、アフリカで英語を公用語とする国は多くない。アフリカに限らず、非英語圏の人々は世界に追いつけ追い越せと必死で英語を習得していることだろう。
多くのアジアの国の人々は日本人よりも英語が得意である。その理由の1つとして「専門分野のテキストが英語で書かれたものしかないため、必然的に英語が上達する」とどこかで読んだ記憶がある。
日本の大学でも学部の講義を英語で行おうという流れがあるが、学部での“お勉強”の段階では日本語で学ぶべきだと僕は思っている。
アジアの中で日本人のノーベル賞受賞者が多い理由として母国語で専門分野の基礎を学べることが挙げられる。血となり肉となり骨となる部分を母国語で習得できることは大変な強みだと思う。強靭な身体を手に入れたら、あとはどんどん世界に挑戦したら良い。最先端の場においても、思考基盤が母国語だからこそ、深い考察が可能となるのだ。(念のため言っておくが、最先端の研究を行おうと思ったら英語は避けて通れない…)
最近、有名進学校では進学先に「海外大学」を公表するところが増えてきているそうだ。高校や大学から海外に進学した日本人に専門知識を身につけるうえで、どのような苦労があり、どうやって乗り越えてきたかを聞いてみたい。
初めから英語を英語のまま日本語に翻訳せずに理解すれば、それほど苦労しないのだろうか?
今や日本に居ながら英語の習得はいくらでもできる時代だ。
日本の教育や入試制度にも問題があるとは思うが、英語が苦手という人は本人の怠慢、努力不足が一番の原因ではないだろうか。
とは言っても、モチベーションがないままに英語の勉強を継続させるのはなかなか難しい。
できれば早い段階から海外へ飛び出し、世界を意識することが必要であろう。
そして、世界の国々との繋がりや相互関係を意識し、世界の中で自分あるいは日本という国がどういう立ち位置にあり、どういう未来に進むべきかを広い視野で考えるべきだと思う。
先日参加した放射線医学のオープンスクールにおいても、この分野で世界をリードしてきた2人の先生が口を揃えて「英語はしっかり勉強しなさい」と言っていたことが印象的だった。
日常生活に支障が出ない程度の英語を話せるだけでは不十分。英語で意見を言い、議論できなければ世界を渡り歩くことは難しい。
国際会議に行くと際立つのがインド人の存在だ。
彼らから学ぶに、
*完璧な英語は目指さなくて良い。
*発音が悪いことを気にしない、馬鹿にしない。
*イエスとノーはハッキリ伝える。
*想像力でカバー。
*貪欲であれ。
これらが非英語圏である我々日本人が英語でコミュニケーションするうえでのポイントかなと思う。
現代を生きる者にとってタイトルの質問は愚問であろう。
英語は必要である。