それはもうむちゃくちゃたくさんある。
そこで、僕は毎日なるべく入ったことのないお店で昼食をとることにした。
すなわちお店開拓である。
お店に詳しいのは、何かとアドバンテージになる。
たとえば、突如美人のおねーさんとご飯を食べるようなハプニング的なシチュエーションにいたった際にも、自然にちょっと小洒落た隠れ家的名店へとエスコートすることができれば、「まあ、あなたって頼り甲斐があるのね、ステキ」という具合になってムフフなのである。
そんな企みを胸に隠しながら職場付近の路地をうろうろしていると、ふととあるラーメン屋が目に留まった。
路地裏にひっそりと営業している小さなラーメン屋である。
店構えそのものは何の変哲もないというか、むしろみすぼらしいが、ランチメニューに「ラーメン+餃子(4つ)+白飯:850円」とあるのが僕の目をひきつけたのである。
だって、これは安いではないか。
ランチ1000円は当たり前の浜松町においてこの価格はめずらしい。
僕は、このお店に入ることにした。
その店は、コテコテの関西弁を喋る中年夫婦によって切り盛りされていた。
店内は、外観からは想像もつかぬほどド派手な極彩色で、そこら中に虎やら龍やら仏像やらがゴテゴテと配置されている。
まあだが、それ以外はいたって普通で、空いてるし、お店のおばちゃんは「今日は暑いねえ」と話しかけてくるような気さくな人だし、安心できる雰囲気であった。
僕は席に着くなり店先に出ていたランチメニューを頼んだ。
まず、すぐに白飯が出てきた。
「ご飯おかわりなら言ってね!」と、なんともフレンドリーである。
この安さでおかわりまで頼めるとは、いやはや素晴らしい。ご飯茶碗そのものはちっちゃいけど、おかわり自由なら全然すばらすぃ。いやはやすばらすい。
僕は、このお店のサービスの良さをうれしく思った。
とは言っても白米だけでバクバク食べるほどひもじい思いをしていたわけでもないのでご飯には手をつけずおとなしく待っていると、次に出てきたのはラーメンであった。
「餃子、もうちょっと待ってね!」とのことだ。
ラーメンは湯麺のような感じの透き通ったあっさりスープである。普通だ。格別おいしいわけではないがまずいわけでもない。
とりあえず、少なくとも、ご飯と一緒に食べる類のラーメンではなさそうだ。
そうか、つまりこのご飯は餃子と一緒に食べるものなわけだな。そうかそうか。でもそんなら餃子と一緒に出してくれればいいのにな。いや、まあ別に全然いいんですけどね。
餃子が出て来たのは、僕がラーメンを大体食べ尽くした頃、すなわちラーメンが単なるあっさりスープに姿を変えた頃であった。
「はい餃子、おまちどお!」と店主の声も威勢よく、満を持した感じで卓上に出されたそれは、しかし、僕の想像を遥かに超えるものであった。
出てきたのは、醤油皿の上にちんまりと置かれた、薄っぺらな、猫の額にも満たぬ面積の(比喩でなく)、なんか焼いた小麦粉の切れ端っぽいものであった。
…。
…て、おーい
え?これ餃子?いやいや、これは餃子じゃないでしょ。これはあれでしょ。お煎餅でしょ。
これ「餃子4つ」って表現するのおかしいよね。「お煎餅1枚」でかろうじて正解だよね。大きさ的にはお煎餅にも満たないけどね。百歩譲ってこれが餃子だったとしても全部つながってて境目ないしね。敢えて個数を表示したいなら確実に1個だよね。
いや、ないない。これはないよ。まず「餃子4つ」って聞いて醤油皿にのって出てくるの誰も想像できないよ。
てかこれ焼くのになんでこんな時間かかっちゃったの?どうしたの?これどうやって調理してたの?なに?何に時間を要したの?
特に大層な餃子を期待していたわけでもなかったが、僕はなんか落胆した。
何よりご飯を持て余した。
このごはん何との組み合わせで食べるもんなの?「ご飯おかわりなら言ってね!」って、何の要因でそんなにご飯すすむの?何なの?ねえ。何なの?
結局、餃子(と呼ばれているもの)を食べ終えてもご飯が半分残ってしまった僕は、残りのご飯をうっすいスープをおかずに食べることにした。
まあごはんだけで食べてもよかったわけだが、別にご飯だけで楽しみたいくらいおいしいお米というわけでもなかったし、一番最初に出てきて餃子がくるまで置いとかれたためにすっかり冷めてたので、やはりなんかおかずが必要だったのである。
「ごちそうさまでした」と朗らかに店のおっさんとおばちゃんに告げ、僕は席を立った。
満足気な感じで微笑みながら勘定を済ませ、店を出る。
背後から、おっさんとおばちゃんの「ありがとねー」という声が聞こえてくる。
街路には、もう秋の気配が漂っている。
僕は、たぶんもう来ることはないだろうという予感と郷愁を感じながら、おっさんとおばちゃんを愛おしく思った。
という夢を見た。
僕は深層心理に、何か強烈なコンプレックスでも抱えているのだろうか。
まじでタイプな感じのかわいい女の子が僕のニオイで嘔吐するシーンは、夢だけどさすがにちょっとショックだった。
ちなみに、天下一武道会で凄まじい体臭を武器にクリリンを苦戦させたかのバクテリアン選手の本職はコックさんらしい。
料理はおいしいらしい。
皆さん、ご存知だっただろうか 。
そしてあろうことか、彼はその産出物を口へと運びはじめた。
僕はその後20分あまりもの間、その生物の食事風景を眺めていた。
浴衣娘がたくさんおる。
まあ、他人の彼女がどんなに浴衣でウロウロしていても嬉しくもなあんともない僕としては、単に花火大会に伴う全列車各駅停車の臨時ダイヤが欝陶しいだけである。
そう、ただそれだけだ。
全然それだけなのだ。
本当である。
……。
うらやましくなんかないもん。
花火デートとか、全然うらやましくなんかないもん!!
私の上司が見た夢の話だ。
課長は夢を見た。
その日、課長は内示を私に伝えることになっていた。
その緊張から、夢を見た。
入社四ヶ月の新人にして、異動。
部内の異動とは言え、それは誰も予期し得なかったことであった。
課長は悩んでいた。
どのようにその事実を弓手師に伝えるべきか、悩んでいた。
彼はまだ新人。
今日が内示の日だということすら、知らないかもしれない。
何から話せばよいのか。
課長は悩んでいた。
10時になった。
彼に異動のことを告げねばならぬ時刻である。
課長は、意を決して声をかけた。
課長「弓手師くん、ちょっと、こっちへ。」
弓手師「はい。」
課長「実は今日は、内示の日でね。人事異動が発表される日なんだ。」
弓手師「はい。」
課長「それで、今から部長からお話があるから。」
弓手師「はい。」
課長「じゃ、ここの会議室だから。入って。」
弓手師「はい。あのう。」
課長「なに?」
弓手師「ただ、わたくしこんな格好でよろしいでしょうか?」
弓手師は、バニーのコスチュームに身を包んでいた。
そこで、課長は夢から覚めた。
いや、いーわけねえだろ。そんなカッコいいわけねーだろ、という思いもそのままに、夢から覚めた。
時刻は早朝5時。
内示の日だ。
課長は、数時間後に迫る内示のときを想った。
そんなわけで、異動しました。
たのしいたのしい夏休みも、残すところあと三日である。
なのに、やることねえ。
仕事をしないでいいのはとてもすばらしいが、やることねえ。
弓は引くつもりだけど、休日全てを弓に使ってしまうのもなんだか少し勿体ない気もして、他にやることないか考えていたら、昨日が終わってしまった。
別に遊ぼうとする意欲がないわけではない。
チャレンジを怠っているわけでもない。
僕なりにいろんなとこ散歩してみたりしているのだ。
でもそのたびになんか「俺、何してんだろ」という虚無的な気分になり、おもしろくもなあんともなくなってしまうのだ。
考えてみるに、やっぱり世の中のたいていの娯楽はカップルのためにつくられているんだと思う。
映画はカップルがおもしろかっただの感動しただの言いながらイチャイチャするためにあるものだし、遊園地はカップルが絶叫マシンこわいだのお化け屋敷こわいだの言いながらイチャイチャするためにあるものである。
こないだ僕は、週6で職場飲みという荒んだ生活によってカサカサになった心を潤すために、赤坂を散歩したり美術館を見物したりした。
赤坂のおしゃれな街もまあもちろんよかったし、美術館の絵画も確かに僕の心を癒した。
だが、僕が絵画に見入っていると、隣にカップルがやってきた。
そして、この絵はきれいだのなんだのと、クチャクチャやりだした。
それまで絵画をそれなりにたのしんでいた僕は、それを見て思ったのである。
なんかあっちのほうが楽しそうだなあ、と。
つまりは、そういうことなのだ。
たいていの楽しみは、カップルたちのために用意されているということなのだ。
少なくとも22歳の会社員男性が独りで心から楽しみぬくことができるかどうかなど、そもそも想定されていないのだ。
そう思うと、彼女のいない僕の休日はどうすればいいのだろうか。
考えられる選択肢は、五つである。
1.あと三日(できれば今日中)で彼女をつくる。
難易度高。
そもそも周囲に若い女性(彼氏募集中)がいない僕としては、まず出会うところから始めるか、あるいは元クラスメイトとか昔の女友達から思いもよらぬプロポーズが突然訪れることを期待するほかない。
2.友人達に声をかけて遊ぶ。
難易度中。
友達はいないわけではない(と信じている)ので、みんなに声をかけて大々的に遊ぶ。難しくはない気がするが、幹事やるの疲れるし、めんどくさいのがタマにキズ。
3.同じような境遇の友人に声をかけて遊ぶ。
難易度中。
暇で虚無だと思われる友人をピンポイントで狙う分、大々的にやるより疲れないで済む。同じような境遇の友人はたくさんいる気がするが、どうもみんな最近忙しいんじゃないかという気もする。あと遊んでいる間は間違いなく楽しいが、やはり傷を舐めあってる感が否めない。
4.弓を引く。
難易度低。
弓具の準備をして、弓道場へと赴けばそれでオーケー。もちろん弓道そのものの難易度は高いが、弓を引きに行くという行為だけなら他者との関わりを必要としないため、難易度は低とした。
5.虚無に身をまかせる。
難易度圏外。
何の努力も必要ない。何もしなければ、勝手に虚無の底へと沈んでゆく。あとに残るのは、虚しさと後悔のみ。
現在は、5番に片脚を突っ込んだ状態である。
さあ、どうする。どうするのだ。
あー、それもこれも全部、彼女がいれば解決なのにのう。
あー虚無虚無。
大学の卒業アルバムが届いた。
風のように過ぎ去った大学時代。
アルバムには、その一抹の淋しさとともに、学生時代の仲間達の、爽やかな笑顔が並んでいる。
ラフな感じでおしゃれに決めた奴、スーツでびしっと決めた奴、ナチュラルメイクの女の子、ばっちりメイクの女の子。
皆、この卒業アルバムに、学生時代最後の輝ける姿を、幸せな前途への希望に満ち溢れた美しい姿を、とどめている。
そんな中、学ランに坊主頭といういでたちで、ぎこちなく「ニヤリ。」と笑う男の姿がある。
四年間の大学生活を経験して完全に垢抜けた同期たちの中にあって、その姿は明らかに異質な空気を発散している。
というかもう完全に浮いている。変な奴丸出しである。
どうしてそんなことになっちゃったの?なんで一生に一度の卒アルそんなことになっちゃったの?なんなの?てか誰なの?
そう、何を隠そうこの私だ。
アルバム中、学ランで写真におさまっている奴は他に2人いる。
この2人は学ランに角帽という完全装備に身を包み、堂々たる決め顔をした明らかな確信犯であり、ネタでやっているか、あるいは真性の変わり者だろうという雰囲気である。
だが、私は学ランは着ているが角帽は被らず、坊主ではあるが明らかに坊主にしてからしばらく経った感じの微妙な長さの坊主であり、その上表情はそのいでたちにそぐわぬ戸惑ったような苦笑いである。
どう見ても中途半端。ネタのつもりなのかおしゃれのつもりなのかもわからぬ。あとその不自然な笑いも意味不明。
言い表すとすれば、「奇妙」の一言に尽きる姿である。
本当に、いったいぜんたい、どうしてこんなことになっちゃったのか。
この日、私は忘れていた。
この日が卒アル写真の撮影最終日であることを忘れていた。
そして、この頃はリーグ戦の真っ只中であった。
リーグ戦期間中、弓道部員は学ランの着用を義務付けられている。
それは、我らにとって、リーグ戦という一ヶ月以上に亘る最も大切な試合を戦い抜くための決意の証であり、また誇りでもあった。
そしてまた、四年生であった私は、最後のリーグ戦に臨む前に、あらゆるチャラついた雑念を払拭するため、的中以外の事柄に対するあらゆる色気を断ち切るために、頭を丸めていた。
授業を終えて練習に赴こうとキャンパスを早足に歩く私の視界に、何かに並ぶ学生の長蛇の列が飛び込んできたのは午後二時頃。本キャンに学生がウヨウヨと犇いている時間帯であった。
私ははっとした。
そこに「卒業アルバム写真撮影」という文字を目にしたからである。
そしてまた、その撮影の最終日が、まさしくその日であったためである。
私は迷った。
この姿であの撮影会の門をくぐるべきか否か。
見れば、その列に並ぶ女性たちは、皆明らかにいつもよりオメカシしているのである。
だがしかし、今日は最終日。
ここで自らの準備不足を理由にこの場から遁走すれば、私の顔が卒業アルバムに載ることはない。
私がこの大学で四年間を過ごし、このキャンパスで泣いたり笑ったり失恋したりしたという事実を証明するものはなくなってしまう。
いいのか。それでいいのか。
青春の光と影を、ここに刻み付けておかなくていいのか。お前はそれで、後悔しないのか。
私は、行列に並ぶことにした。
一時間弱もの間、「え、あの人あんなカッコで卒業写真に写るの…?」という好奇の視線に耐え抜いた末、私は遂にカメラの前に座った。
そうだ。これでいい。あとは写真に写るだけだ。
チャラ大学生どもよ、笑わば笑え。貴様らがどれだけ私を嘲笑おうと、この写真に写ってしまえば、私の勝ちだ。
私は私の青春をこの大学で過ごしたことを、アルバムが一冊残らず朽ち果ててこの世から失われてしまうまで、証明し続けられるのだ。
これでいい。そう、これでいいのだ。
カメラマン「ほら、もっと笑って!」
弓手師「・・・え?」
カメラマン「歯だして!歯見せて笑って!!ほら、もっと!!」
いったいこのおっさんは何をとちくるったようなことを言っているのだろう。
学ランで坊主頭の男は笑顔をそんなふうに安売りしたりはしない。笑えと言われて笑うほど軽い男ではないのだ。
そもそもわかっているのか。学ラン坊主の男が卒アルでにっこり笑ってたらどんだけ気持ち悪いかわかっているのか。
私は堪えたのだ。一時間もの間、人々の嘲笑に堪えたのだ。
だから、やめてくれ。せめて真顔で写らせてくれ。
カメラマン「ほら、もうちょっと!!もっと!!歯出して!!歯、出して!!!」
私は、遂にその要求に屈した。
引きつったように硬直した顔面にムチを打ち、口角を無理矢理に引き上げ、私はカメラマンに歯を見せて笑顔をつくった。
カメラマンは言った。「いいよいいよ、その調子だよ」と。「その笑顔いいよ」と。
今日届いたアルバムのページを繰れば、その言葉が誤りであったことがすぐにわかるだろう。
まじでどうしてくれんの?俺の卒アル写真どうしてくれんの?
あー無念。
ほんともう無念。