上條恒彦さんは現在84才です。

(1940年生まれ)

だから若い方はご存知ないかも

しれませんね。

 

長野県朝日村の出身で、

37年前からは同じ長野県の

富士見町に住んでいます。

 

先日土曜日、上條さんを

久しぶりにテレビで見ました。

(NHK BS 「歌える!J-POP

黄金のヒットパレード決定版!」)⬇️

久しぶりに彼が歌う

「出発の歌(たびだちのうた)」

懐かしい想いで聴きました。

数週間前、

私はヤマハ青春ポップスの教室で、

この歌を練習したばかりでした。

 

「出発の歌」は、

ヤマハリゾートが三重県に開発した

「合歓の郷(ねむのさと)」で行われた

1971年の

「ポピュラーソングフェスティバル」で

グランプリになった曲です。

主催はヤマハ

司会は永六輔さんでした。

他にも有名な方々が出場していました。

沢田研二

弘田三枝子

トゥワエモア

梓みちよ

木の実ナナ

ピンキーとキラーズ

伊藤ゆかり

ガロ

・・・

その人たちを押し除けてのグランプリ。

ポピュラーソングが

フォークソングに流れを変えた瞬間でした。

「さあー今、銀河の向こうへ

飛んでゆけー!」の繰り返しの叫び♪からは

会場全員が立ち上がって合掌したそうです。

観客を沸かせた上條さんの声量と、

バックコーラスの「六文銭」のハーモニーが

マッチして、会場に響き渡ったそうです。

 

「出発の歌」は

作詞:及川恒平

作曲:小室等

小室等さんが以前テレビ番組の中で

「出発の歌」誕生の秘話を話していました。

フェスティバルには自分のグループ

「六文銭(1968結成)」と、

上條恒彦が別々に出場する予定だったそうです。

2つの曲を書かなければならなかったのですが

間に合わず、「出発の歌」一つだけしか

ありませんでした。そこでやむなく、

ギリギリになって

上條恒彦&六文銭を結成し、

歌ったのだそうです。

 

土曜日のNHK BSで、上條さんと歌った

バックコーラスはVoice of Japan(VOJA)

の方達。これもなかなかステキでした。

上條さんは84才とは思えない雄大な声でした。

 

今日もいい天気です。

さあ今、外へ飛んで行け〜〜〜♪

 

あっぽ

※写真は全てネット上からお借りしたものです。