日本刀は美しい。日本にしかない神秘の芸術、武器というより神器であり、江戸時代には武士の魂としてモラルの象徴だったわけです。これで人を斬る、なんて、なかなかできないでしょうね。まして、時代劇のちゃんばらのようには、到底できないでしょう。

小さい頃は近所の子ども同士で木の枝持って、ちゃんばらごっこをやったものです。今ではそんな光景は見られませんが、昔は多少痛くても平気だった。子どもが片手で振り回せる程度の小枝ですからね。たいてい、鞍馬天狗役の子は決まっていて、私はいつも悪者の子分しかできなかったが、斬られたら倒れる、という子どもなりのルールがあったと思う。鞍馬天狗は結構強くて、一生懸命向かっていっても、いつもやられてしまったなぁ、、、

大人になって、剣道で子どもたちを相手に一対多の掛かり稽古、子どもたちは面白がってわっと掛かってくる、もう3人もいると、とても適わない。相手が小学校の低学年でも、3人に三方から掛かられたら、正面は受けられても、後ろからやられてしまう。ひらりひらりと躱しながら、後ろも横もなで切りにする、なんてことはとてもできません。竹刀は両手でつかうので、身体の自由度は限られる。もう逃げるに限る、、、

木の枝や竹刀ではなく、日本刀だったら?刀は重い、普通の人にはとても片手で振り回すなんてできない。それにちょっとでもかすったら、痛い。満身創痍でそれでも気力で戦う、なんて無理むり、、、

宮本武蔵が吉岡一門と一乗寺下り松で戦ったとき、田んぼのあぜ道に誘い込んで常に一対一になるようにして戦った、というのは理に適ってると思うけど、二刀流開眼はできすぎだなぁ、、、

西部劇のピストルもあんなかっこよく正悪が決まるのはヘンですが、ちゃんばらはもっとヘン、でも小さい頃から慣れ親しんで、正義は斬られても倒れないが、悪党はかすっただけで死ぬ、というルールがかっこいいのです。現実はなかなかそうかっこよく行かないからこそ、そういうルールが嬉しいわけです。