15.2 教育

 

集中ゼミ

翌日、月曜日から、毎朝6時前後に起きて、7時半にホテルで朝食、8時半に関係会社からお迎えがきて、お客様のところで9時から16時半まで教育、途中12時から1時間、昼休み。なかなか時間どおりに聴衆が集まらないが、時間どおりの人達もいたので、ほぼ予定通りに進めることができた。

基本的に午前も午後もテーマ毎に講義と演習を交互に行なう、というカリキュラムを用意したのだが、テーマに関係なく、午前は聴衆が20人ほどもいるのに、午後は半分以下になってしまう。それに時間にルーズなこと、毎日三々五々、バラバラと集まってきて、気が付いたら20人ほどになっている、という感じだ。途中で10分休憩、と言うと、30分お休みして戻ってくる人もいる。飽きれば途中でさっさと退席してしまう。ほんとにやる気があるのか?と呆れてしまうが、これも国民性ですかねえ?

午後も来るのは毎日同じような顔ぶれで、中でも5~6人の、ものすごく熱心なグループがいた。質問は大抵この人達で、講義のときは一般的な話なので比較的静かだが、演習になると具体的な問題を想定した内容なので、ちょっとでも気になると、こちらが喋っているのを遮って遠慮なく質問してくる。みな的確な質問で、曖昧な言い方や、飛躍した部分を補足するような感じで、脱線していくことはなかったが、納得するまで徹底的だ。みなさんの視線は、ずっと真っ直ぐこっちを向いている。ヘンな事言わないように、と最初のうちは凄いプレッシャーを感じたが、彼らの視線の熱いのを感じると、こちらも説明に集中できるようになった。

必要なことばだけをはっきりと言う、つなぎのことばがうまく出なかったり、文法的にもヘンな言い回しだったりしたが、お互い外国語というのはかえって都合がよい。細かいニュアンスは伝えにくいのだが、何かの拍子に私が下手なジョークを言うと、ちゃんと笑って反応してくれる。だから、きっとこちらの言いたいことは伝わっていたと思う。これはまるで大学の研究室の集中ゼミのようだ。演習は私が一区切り説明し終わると、O君がいちいち日本語で指示しなくても、タイミングよく動かし始めてくれて、なかなかの名コンビだったと思う。

このグループの人達は、最後まで目の色が変わらず、最初は警戒の視線を感じたものの、最後は仲間のような温かい視線になっていた。このグループの中心は、お客様の技術部門のトップの女性で、彼女が4日目の最後にわざわざ前に来てくれて、「Thank you.」と言ってくれたのが、とても嬉しかった。

関係会社の方によれば、これまで同じような教育を他社にもやってもらったが、いずれも表面的で、具体的な使い方の説明はしてくれなかったので、お客様も実際のところ、どうしていいかわからない、というのが本音だった。今回の教育はそんなお客様の不満を払拭する内容で、更に、他社が触れなかった最新技術の使い方まで含まれていて、お客様は満足、とのこと。そう言ってもらうと、こちらも来た甲斐がある。まずは大成功だった。

 

教育中のお茶

丸一日喋り続ける側からすると、適宜お茶のサービスくらいはして欲しいが、毎朝、紙コップに烏龍茶のティーバッグを一つ入れて持ってきてくれるだけ。お湯は勝手に自分でポットから注ぐ、紙コップもティーバッグも一日中、同じモノを使うんだって。冗談でしょ?と思ったが、しかたがない、2回目、3回目と休憩時間にお湯を自分で注いだが、意外と何回お湯を入れ替えても、同じように美味い。紅茶や日本茶では3回目なんてまるっきりお湯でしょうが、この烏龍茶は、いつまでもちゃんと甘いお茶の味がした。

後で知ったが、このティーバッグは凍頂烏龍茶だったのです。初日に高山茶の講釈聴いて、実際に飲んだし、前回は凍頂烏龍茶をお土産に買って実力を知っていたので、納得。実はこのティーバッグは地下の売店で、1個15円くらいで売っていた。当時としてはちょっと高いけど、凍頂烏龍茶のティーバッグは、正しい淹れ方でなくても?結構いけた。台湾のお茶文化、畏るべし。

 

ランチタイム

昼休みのランチは、教育1日目と2日目は箱弁、3日目はお客様が招待してくれたが、4日目はなんとカップうどんだった。箱弁は悪くなかったが、味付けがくどく、素材を楽しむ日本人には合わないなあ。カップうどんはお湯を注いで5分待ち、というインスタント。そりゃないでしょ、と思ったが、結構分厚い大きな牛肉片が3つも入っていて、日本の申し訳程度の加薬とはまるっきり違う、食べ応えがあって、箱弁よりよほど旨かった。

昼休みに、O君と近くを散歩した。中正紀念堂まで行ってみると、正面の大孝門に、派手な飾り付けがしてあった。何かのイベントだろうが、この飾りも龍で面白い。

 

 大孝門

 

 龍の飾り

 

ディナー

教育期間中は、特にレセプションとかはなくて、それはお祭りセミナとは違うから当然なんだけど、それに近いディナーを2回味わった。

教育1日目、関係会社に戻ったら、たまたま別件商談で日本から出張されてたお偉方と一緒に飯に行こう、と所長さんに誘われて、お決まりのコースで梅子へ。私は梅子3度目だけど、O君は初めてでラッキーだったね、何度来てもここの台湾料理は美味しい。

4日目は最後の夜なので、関係会社の部長さんが環亜大飯店のレストランでご馳走してくれた。2年前に泊った時はここでは食べなかったのだが、巨大吹き抜けの一階にあり、台湾料理のバイキング。日本風の刺身もあり、とても美味しかった。ホテルのレストランなのに、格式張ったところがなく、気軽に入れる。梅子も来来大飯店も美味しかったが、台湾料理はどこで食べても美味しい。高級食材の中華料理より全然いい。1時間くらい、たらふく食べて、20時頃、ピアノ伴奏で女性ボーカルの生演奏が始まった。我々のテーブルはステージのすぐ傍で、満腹の胃袋に優しく響いて、何とも最高にうっとり。やはりホテルのレストランは付加価値が高い。

 

庶民の夕食

そんな豪勢な夕食は2回だけで、2日目と3日目は、O君と隣のデパートの地下2階の食堂街で食べた。庶民的に百数十元で済んだ。初日の農安街の店も安かったが、そんなもんなのかしら?ここで食べたビビンバは、丼がアルミのボールで、まるで犬の餌みたい、おまけに長い鉄箸で食べるのでちょっと情けないが、中身は日本で食べるのと同じような具だったと思うけど、辛みの利いた味が抜群だったことを憶えている。

デパ地下食堂街は、店というより屋台が並んでいる感じで、なかなか風情があって、どの店も安くて旨そうだ。私の海外出張は食事の話は期待できなかったが、台湾は別。弁当はイマイチだけど、台湾料理と小籠包はとても美味しい。現地の庶民の味は格別です。

 

またもやカーレース

最終日、この日は午前だけ、講義なしの予備演習予定だったが、私は急用ができたので、O君に任せて先に帰ることにした。8時半にチェックアウトして、リムジンで空港へ。以前、お茶屋さんに空港まで送ってもらったときに、運転技術の高さというか無謀さに驚嘆したが、今回も肝を冷やした。別に急いでくれと頼んだ訳でもないのに、時速100kmで車間距離10m、隣の車と10cm、車線変更は割り込み勝ち、こりゃお茶屋さんだけでなく、みなカーレーサーだよ。おまけにバイクが車と対等にわたりあう。怖くて眼を開けていられなかった。

40分で空港に着いて、リムジン代は1,260元、9時半にはCX(キャセイパシフィック)に搭乗手続きを済ませた。10時半に搭乗、10:50台北発、14:10名古屋空港着、時差1時間だから2時間20分、成田よりずいぶん近いですね。

 

有終

私の海外出張体験の中で、今回の教育出張が技術者として存在感のある最高の出張だった。これまで多くの出張があったが、プレゼンは広報マン的な役目が多かった中で、この教育出張は技術者冥利に尽きる。教育目的と製品紹介では、プレゼンの内容も話し方も違うが、技術者らしい真摯な喋り方、聴衆との一体感がある喋り方、という意味では同じ、今回は自分なりにIdentityに通じるものを出せたと思う。

この後も米仏独とかに数回出張し、面白い経験もあったけど、例えば、サンフェリックスの馬宿に泊まった話とか、セーヌ川の遊歩道散歩とか、サンフランシスコで指揮者が2人というアイブズ(Charles Ives)の巨大交響曲に仰天した話とか、2002年には成田空港で行きはトルシエ(Philippe Troussier)監督、帰りはジーコ(Zico)監督に遭遇した話とか。だけど仕事は、委託先とか個別のお客様訪問で、セミナのプレゼンという役目はなかったので、振り返ってみれば、技術者として、そしてIdentityの観点からも、今回の出張が、物語の締め括りに相応しい、有終の出張でした。