1.1続々 エジンバラ

 

プレストンフィールドゴルフクラブ

翌日土曜日も自由、同行者がゴルフ好きで是非やろう、と言う。私はゴルフをやったことがないが、この辺りは、セントアンドリュースというゴルフ発祥の地もある、ゴルフが盛んなところだそうで、モノは試しだ、付き合うことにした。

ホテルで聞いて、近場のプレストンフィールド(Prestonfield)ゴルフクラブに行った。ホテルから南に4kmほど、A7をタクシーで15分くらい。街中とは雰囲気の違う閑静な住宅街にあったと思う。外観の印象は薄れたが、クラブハウスとコースの印象は今でも頭に思い浮かぶ。

ゴルフ用具も靴もカートも何もかも貸してくれて、コース代が1,400円くらいだったか?とにかく安かった。日本ではゴルフと言えば相当出費を覚悟しないといけない高嶺のスポーツだが、ここでは、日常に溶け込んでお金も掛からない運動なんだね。ゴルフクラブはあちこちにあって、町の集会所みたいなもので、ここも1日の仕事を終えて、まだ陽が高いので、みなが集まってくる溜まり場みたいなものらしい。

私は初めてなので、コースの状態なんて分からなかったが、芝はあまり丁寧に刈り込んでなくて、ちょっとはずれると靴が埋まってしまうくらいに伸びている。私は、ドライバーが一発も当たらず、空振りばかりで、たまに当たるとファウルみたいに横に飛んでいくので、ラフの中ばかり。同行者は相当上手いので、私が何回も転がし直すのをあきれ顔で見ていたが、さぞ迷惑だったろう。後ろから追いついてきた別の人たちは、このホールを跳ばして、さっさと追い越していった。日本なら追い出されそう、、、ここでは全庶民の運動だから、モタモタしてるヤツは好きにさせておく、という優しい配慮があるんだろうね。

3時間くらいかかって、ほうほうの体でクラブハウスに戻ってきたら、たむろしてビール飲んでた人がやってきて「君のプレーに乾杯だ」と誘ってくれた。5~6人のグループで職業は様々だが、毎日仕事が終わると集まるんだそうだ。ご近所さんなんでしょうね、こういうグループがきっとたくさんあるんだろう。スコアなんて120くらいまで数えていたが、あほらしくなって途中から数えるのをやめちゃったので、聞かれても答えようがない。でもすぐ打ち解けて1時間あまりもしゃべっていた。ここでも日本語の助け船がないから、自然に英会話になってたんでしょう。

話しながら、1日の生活スタイルが我々日本人と違うなあ、と感じた。彼らは、1日を3回にして毎日を送っている。我々は朝起きて仕事したら1日終わりだが、彼らは、5時まで仕事、その後暗くなるまで趣味(身体作り、健康作り、仲間作り)、そして暗くなってから家族でディナーという1日の総仕上げイベントで締めくくるのだ。優雅というか、人間らしいというのはこういう生活なんだろうね。

帰国後、クラブでの記念写真とお礼の手紙を送ったら、返事がきた。「写真と手紙はクラブのボードにピン止めしたよ、またおいで、歓迎する」って、クラブのバッジも一緒に送られてきて「もう少し上手くなって、ゴルフバッグにつけてくれ、君のprestigeだよ」と。Prestigeとは、畏れ多くて何かにぶら下げるなんてできない。よほどゴルフ上手くなってぶら下げても恥ずかしくないよう、がんばろう、と思ったが、帰国後、数回打ちっ放しに行っただけで、結局ゴルフはやらなかった。で、バッジはそのまま机の中に眠ったままなんだけど、どんなお土産より価値がある、思い出の品です。

ゴルフはさんざんだったけど、プレストンフィールドでの出会いは、せせこましい我が生活を振り返るとてもよい機会だった。我が生活が変わったわけではないし、日本では日本の生活スタイルがあるから、別に悲観することはないが、やはり英国スタイルの人間的な面には、憧れを感じる。お金持ちではなく、ごく普通の人の生活スタイルに。

   

 ゴルフコース

 

 クラブハウス

 

 クラブのバッジ

 

スコットランド国立美術館

翌日曜日、美術館に行った。スコットランド国立美術館(Scottish National Gallery)は、立派な美術館なのに入館料はタダ。英国の美術館は皆タダ?この後ロンドンで、大英博物館にも行ったが、やはりタダだった。後日、別の出張で仏に行ったときは、タダではなかったが、ルーブル美術館もオルセー美術館もその他の美術館も、みな同じくらいの5~600円だった。美術館の見せ方にも、その国の文化に対する考え方が如実に表れていると思った。仏のことはまた別の機会に触れるとして、英国の美術館がタダってことは、自助努力があるにしても、主に税金で維持しているわけで、美術が全国民に当たり前の文化として浸透している証拠だと思う。日本ではまず無料ってことはないし、有名なモノほど入場料が高いよね。

私はエジンバラで外国の美術館に初めて入ったのだが、学校で習った画家もいくつかあったし、有名無名に係わらず、どの絵も相当の迫力があった。壁の片隅に、中学校の教科書に載ってた、マインデルト・ホッベマ(Meindert Hobbema)の「道」があったような、それほど大きくないサイズで、すぐ傍で眺めた気がする。実はこの絵は、ロンドンのナショナルギャラリーにあって、1m×1.4mという大きな絵なので、ここでは模写を見たのか、或いは記憶違いだったかもしれないが、学校の教科書で見た絵の実物に遭遇すると、結構衝撃が走る。この後の出張でもそれはいくつか経験した。

 

 スコットランド国立美術館

 

肖像画は圧巻

肖像画がたくさん並んでいたことも憶えている。エジンバラには、クィーン通り沿いにスコットランド国立肖像画美術館(Scottish National Portrait Gallery)もあって、そちらは王族、貴族とかの大きな絵もあるんだろうが、こちらは順路の最後の方に、家族や仲間内で写真を撮るのと同じような感覚で、モノトーンの肖像画がたくさんあった。家の壁に掛けられるような小さなサイズだが、その一つひとつが、実に丹念に、まるで写真のようにリアルに描かれていて、ちょっと不気味なくらいだ。有名な画家というわけでもなく、描かれた人物もごく普通の人なんだろうが、誰が誰を描いたにしろ、何世紀も前に描かれた肖像画なのに、鬼気迫るものがあり、見る側に畏怖心を起こさせる。これは圧巻だった。

 

幼稚園の授業

絵画以上に、この美術館でとても印象に残っていることは、幼稚園の子どもたちが何人か絵の前にかたまって、熱心に先生の話を聴いていた光景。ほ~、ここでは幼稚園から本物の絵で勉強するんだ、我々のように、画家の名前を暗記するために、教科書の小さな絵の写真を見るのとは大違い。小さい頃から本物を見ていれば、感動の質も深さも違ってきて、人格に浸透していくだろうね。

 

 幼稚園の授業

 

エジンバラの日本人

滞在中に見掛けた日本人観光客は、新婚らしきカップル一組だけ。気が付かなかっただけかもしれないが、当時はエジンバラに来る日本人は少なかったのだろう。日本人が周囲にいないから、よけい外国にいるという新鮮さを維持できる。街並みが外国でも、周囲が日本人だらけだと、まったく新鮮味がなくなってしまう。これは、この後、ロンドンに戻って強烈に感じたことだが、最初にロンドンの地下鉄から地上に出て初めて目にした街並みは、もちろん新鮮で、そのままロンドンにいれば幸せだったと思うが、エジンバラに行ったために、新鮮な気分がロンドンに戻って崩れてしまった。

というわけで、この後もロンドンや、別の出張でパリとか日本人だらけの街を歩くことになるのだが、なるべく日本人に会わないような歩き方をした。そう言いながら、日本人に接したときの別の感傷的な気分もあったりするので、この話はまたロンドンに戻ってから。

エジンバラは、そういうわけで新婚旅行や、倦怠期のご夫婦にはぴったりの場所です。日本人はほとんど見掛けないんだけど、別に珍しがられることもない。下手な英語で何とか2人だけでやっていこう、という気持ちにさせる、そんな包容力のある街だった。