三が日が明けた。
今日から仕事という方も多いと思う。
いや、元旦から仕事という方さえ
多くおいでになる昨今である。
幼稚園が開園したのが
昭和54年(1979年)だが、
開園当時のお正月に
仕事をしている人といえば、
警察・消防・公共交通機関
そして神職やお坊さんと
参拝者の多い神社仏閣周辺のお店
思えばそのくらいで、
誰が考えても「そりゃ仕方ないわ…」
という人ばかりだった。
園児の家で1件だけ
今で言うコンビニ経営の方があり、
皆が休む中営業したところ
「結構お客さん来ますよ!」と
ご自分でもびっくりだったのを記憶している。
それがいつの日からか元旦だけは休み
2日から営業する百貨店・スーパーが増え、
今となっては元旦から色々な店が
しかも福袋目当ての
かきいれ時の忙しさだ。
我が自治会も「いくらなんでも
元旦くらいは家に居るだろう。」
という事で、例年元旦に第1回を行い、
その年の担当などを決めてきた。
ところがここ数年、ご多聞に漏れずで、
出席できない方がポツポツ出始めた。
1年の終わりに1年間の整理をし、
1年の初めに心新たにする。
なんとなく特別な意味を持っていた正月も、
様変わりの様相を呈し、
今や日常の中のお正月になってしまった。
時の流れ、社会の変化と言えば
それまでかもしれないし、
それが悪いのかと言われれば、
そう言い切れる訳でも無く、
「功罪相半ばする。」
という方が正解かも知れない。
ただ、そのせいかどうかは別にしても、
日本古来の文化伝統が
希薄になったり、姿を消したり
している気がする。
かつて各家庭で作っていたお節料理も
11月になると予約が始まる。
年末に多く見られたお餅つきも
工業製品のパックのお鏡が売っている。
我が子の友達が家に来たので
お餅の話をすると、
「正月だからといってお餅を食べない。
家族全員お餅はあまり好きじゃない。」と
ビックリの返事で絶句してしまった。
そもそもお節料理は
「お正月くらい煮炊きをせずに
ゆっくり過ごそう。」ということだし、
お餅もその一環で、
「ご飯は炊けへんから
各自勝手に焼いて食べ!」という側面があり、
思えばどちらも
「主婦を休ませてあげよう。」という
優しい配慮がその根底にある。
そう思えば、お節を作らなくても
お餅をつかなくてもいいお正月は
かえってそういう趣旨に沿っているともいえる。
と言いつつもそれによって
各家庭の伝統的なお節という
そこにしかない文化が消えてしまった
という結果を導き出している。
「一事が万事」という言葉があるが、
得たものと失ったもの
それぞれの重さを比べてみたうえで、
今のお正月全体を見渡した時、
「便利」とか「楽」という事だけを優先して
多くの事を失ってしまうのは、
いかにももったいない様な気がする。